シンギュラリティ教徒への論駁の書

"Unending exponential growth? What drugs are those people on?" - Linus Torvalds

第5章

人間に似た人工知能は、人間と似た制限を持つ(のでは?)

既に繰り返して述べている通り、私は「人間と同等の知能を持つ人工物」を実現することが不可能だと示されているわけではないことは肯定します。ただし、その「人工物」が実現されるまでには、現在喧伝されているよりも、ずっと長い期間を要するだろうと考え…

脳を模倣するアプローチ

直前の2節で、私は「脳の再現」と「機械学習」の手法による人工知能の実現の可能性について検討してきました。もちろん、汎用人工知能 (ヒトと同等の人工知能) を作成するためのアプローチは、この2つのみではありません。近年では、ある程度大まかに脳の核…

人工知能と天然知能の違い

これまで何度か述べてきた通り、私は必ずしも「人間と同様の知能を持つ人工物」が不可能であるとは考えていません。けれども、人間と同様の知能を持つ「人工物」は、おそらく現在の「コンピュータ」ではなく、また、それが実現されるまでには現在想像されて…

ことばの意味と画像:ディープラーニングは言語の意味を理解したのか

最近では、ディープラーニングの進歩によって、パターン認識の分野で大きな発展が起きています。特に、画像認識が急速に発達し認識率が高まったことによって、この手法を使い画像と言語を対応させることによって、言語の意味の理解も可能になるはずだ、とい…

機能と手段:潜水艦は泳げるのか

「コンピュータは考えることができるか?という問いは、潜水艦は泳げるか、という問いと同じようなものだ」 - エドガー・ダイクストラ 人工知能について語るとき、よく次のようなことが言われます。 「自動車は馬のように走るわけではなく、飛行機は鳥のよう…

「原理的には」人工知能は不可能ではない

近年の「シンギュラリティ」に関する議論では、この言葉が「人間の能力を超えた (汎用) 人工知能が作られるタイミング」を指すという誤解があるようです。けれども、これまで述べてきた通り、「シンギュラリティ」の元々の使用法から言えば、この言葉が意味…

人工知能研究小史

(9/26追記 この記事は多数誤りを指摘されていますので、後で全面的に改稿する予定です。) ここでは、簡単に人工知能と機械学習の研究に関する歴史を振りかえっておきます。 第一次人工知能ブーム 〜「演繹」の時代〜 近代的な人工知能研究は、広く普及してい…

人工知能研究と機械学習

前節では、精神転送 (マインドアップローディング) の実現可能性を検討することを通して、人間の脳の再現によって人工的な知能を構成する方法について検討しました。条件を緩和して、「ある個人の人格そのものの複製」という方法ではなく「一般的なヒトの脳…

強いAI/弱いAI、汎用人工知能

「人工知能 (Artificial Intelligence)」という言葉は、ドミニク・チェン氏が指摘している通り、人間に対して2種類の問いを投げかけるものです。すなわち、「知能」を人工的に再構築することができるのかという問いと、そもそも「知能」とは一体何であるのか…

不可能、困難、未解決

これまでの私の議論では、「できない」「不可能である」または「難しい」という言葉を安易に使用してきましたが、改めてこれらの言葉が何を意味しているのかを明確に定義しておきたいと思います。 「できない」という言葉は、次の3つの意味に分類できます。…

精神転送(マインドアップローディング)は不可能である (縮約版)

精神転送に関して、私の主張を要約します。個々の主張の根拠や詳細な議論は、個別エントリを参照してください。 関連記事 精神転送は不可能である「はじめに」 エミュレーション、シミュレーション、モデリング 脳の複雑さ:カーツワイル対PZマイヤーズ論争 …

シリコン製の天国と来世

ここまで、精神転送の実現可能性について計算機科学と脳神経科学の観点から検討してきました。 再度、私の結論を繰り返すと「原理的には精神転送は不可能ではないにせよ、カーツワイル氏やシンギュラリタリアンの議論においては、その実現の困難さが相当に低…

精神転送の改善的手法あるいはテセウスの船

通常、新しく開発される技術は、最初から完全であることは稀です。おそらく、精神転送についても同じことが言えるでしょう。通常の技術であればプロトタイプ的な手法から、完成形へ向かってだんだんと改善していく方法が取られますが、精神転送という特殊な…

あなたの正気を保証するもの

ここまで、精神転送について計算機科学と脳神経科学の両面からその実現可能性を検討してきました。私は、この2つの分野においてとてつもないイノベーションが発生しなければ、そもそも精神転送に必要な前提条件を満たすことさえ不可能であると考えています。…

脳の階層性:カーツワイル氏は創造論者か

前回述べた通り、生物の情報処理の基本原理は分子であるため、ニューロンとシナプスのレベルでの動作メカニズムの解明のみでは、精神転送の実現のためには十分ではないと考えられます。 けれども、カーツワイル氏はこの点に対する反論を用意しています。曰く…

コネクトーム:脳の中をのぞきこむ?

前回のエントリでは、カーツワイル氏の脳に対する理解が誤っており、脳の複雑さに対する推定が過少であるという生物学者からの指摘を紹介しました。 けれども、公平のため述べておくと、カーツワイル氏も脳を再現するためには脳自体を観察する必要があること…

脳の複雑さ:カーツワイル対PZマイヤーズ論争

脳の複雑性に対するカーツワイル氏の理解は非常に問題が多く、生物学者から批判を受けています。彼は、脳の複雑性を著しく過小評価しており、脳のリバースエンジニアリングと精神転送のために必要な研究の労力に対する見積もりは過少であると言えます。 まず…

エミュレーション、シミュレーション、モデリング

科学者は、物理現象を理解し説明するために「モデル」を作成します。あるいは、工学においては現象の予測や複雑な構造物の設計のために「シミュレーション」を行ないます。コンピュータを用いた数値シミュレーションは、既に科学や工学における確固たる手法…

精神転送は不可能である「はじめに」

今回から、6, 7回の連載を通して「精神転送」あるいは「マインドアップロード」の実現可能性について検討します。検討を始めるにあたって、最初に議論対象の定義と私の主張、および議論の前提を整理しておきます。 ここで扱う「精神転送」の定義としては、「…

汎用人工知能に関するカーツワイル氏の将来予測

前節において、半導体集積回路に関する「ムーアの法則」を取り上げ、近年では停滞しつつあることを指摘しました。また、カーツワイル氏の主張する「収穫加速の法則 = 拡張ムーアの法則」についても、実証的・論理的に、今後も必然的に継続されると信じる根…

コンピュータ産業の未来

本論では、技術開発の将来性に対するネガティブな見通しばかり述べていますので、少しばかり前向きな話もしておきましょう。 私は、おそらく2020年代初頭に半導体ロジックメーカー各社が微細化と集積化のペース (狭義のムーアの法則) の維持を断念し、公式に…

ムーアの法則の延命策

よくよく考えてみると、私たちはトランジスタを構成する半導体 (シリコン) という物質に対して、極めて都合の良い要求をしていると言えます。 以前にも述べた通り、トランジスタはスイッチです。つまり、電源オフの間は電気が溜められ、オンになると電気が流…

ムーアの法則の次に来るもの「量子コンピュータ」

ムーアの法則の終了後、次に来たるべき「パラダイム」として、ここ数年、量子コンピュータが盛んに取り上げられています。特に、米Google社傘下のD-wave社が生産、販売している量子コンピュータの名前は、おそらくテック系のメディアをチェックしている人で…

未来は既に我々の手の中にある(はず)

最新テクノロジーに関するインターネットメディアの報道を見ていると、多数のテクノロジーの研究開発が進んでおり、明日にでも研究室という滑走路を離陸して、市場の大空へ飛び立って世間に普及するかのように喧伝されています。 けれども、実際に技術開発に…

ムーアの法則は一般化できるか

このエントリは少し長くなってしまったため、最初に結論を述べておきましょう。 『(拡張) ムーアの法則』の過去の実績は、将来に渡ってそれが継続するということの証明にはならない (拡張) ムーアの法則は自然法則ではなく、将来に渡って単一の基準で継続す…

自然法則と歴史性

自然科学や工学分野には、さまざまな法則や経験則が存在しています。けれども、「ムーアの法則」と一般的な科学・工学法則とを比較すると、やや異なる性質を持っていることが分かります。ムーアの法則は歴史性を、つまり人間の意思や目的、外的環境によって…

半導体微細化の限界

ここで、(狭義の)ムーアの法則の限界、すなわち半導体プロセスの微細化の限界について述べておきます。また誤読されると思うので予め断わっておきますが、このエントリは、集積回路のトランジスタ密度向上について述べた(狭義の)ムーアの法則に関する限界で…

空飛ぶ不可視のティーポット

シンギュラリティに関する懐疑論を書いていると、しばしば「シンギュラリティが発生しないという証拠を示せ」「○○という技術が実現不可能であるという根拠を、あなたは挙げられないじゃないか」という反論を受け取ることがあります。 けれども、このような主…

ムーアの法則には既に意味はない

前回のエントリでは、「ムーアの法則」の定義を確認し、半導体業界による「プロセスルール」の微細化はこの法則を論じる上では不適切な値であることを述べました。 ムーアの法則を「トランジスタの集積密度の指数関数的向上」という意味として捉えるならば法…

ムーアの法則とは何か

ここで、今までも何度か取り上げた「ムーアの法則」について、改めて検討します。 この言葉も、「シンギュラリティ」や「収穫加速の法則」といった用語と同様にさまざまな意味で用いられており、コンピュータの性能やコスト効率が指数関数的に向上するという…