シンギュラリティ教徒への論駁の書

“Anyone who believes that exponential growth can go on forever in a finite world is either a madman or an economist.” - Kenneth Boulding

ムーアの法則は収穫加速の法則ではない

先日、あるシンギュラリタリアンの方とネット上で議論をする機会があったのですが、議論を通して彼らが何を考え、どのような内的な論理で「収穫加速の法則」を捉えているのかを理解できたように感じています。

そして、なぜ、これまでの私の議論がシンギュラリタリアンから完全に誤解されてしまったのかについても同様に理解したため、私が理解した「シンギュラリティの内的論理」をここで説明してみたいと考えてみます。

 

さて、カーツワイル氏が主張する「収穫加速の法則」のグラフですが、一見しただけでもツッコミ所があるこのグラフを、なぜ将来予測の根拠とみなしているのか、私は釈然としませんでした。

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また、それとは別に、彼らが「ムーアの法則」を取り上げる際に、物理的、経済的、社会的なあらゆる制約を無視して、半永久的にコンピュータの性能の指数関数的成長が継続されると主張するのかも、よく理解できませんでした。常識的には、テクノロジーの成長が無限大の速度に達するはずはなく、どこかで停滞を迎えるはずであるからです。


けれども、彼らの思考の中では、この2つの法則が「指数関数」というキーワードを通して渾然一体となり、「宇宙の進歩は指数関数である」という「法則」(?)として捉えられているのだ、ということに気付きました。
実際のところ、この2つの法則は完全に別のことを述べているものですが、彼らの内的な論理では「同一事象の異なる側面を捉えている」と考えられているのです。

つまり、ムーアの法則は、あくまでも指数関数的な成長の具体的な一事例に過ぎませんが、宇宙の開闢から現在にまで至る壮大な指数関数的成長が続く中にムーアの法則が位置付けられており、今後も永続すると考えられているのです。

これを踏まえると、私の批判が理解されなかった理由が判明します。


「収穫加速の法則」がさまざまな意味で使われていると批判しましたが、実はこの多義性と意味の融合こそが「法則」の本質です。

特異点へのカウントダウン」のグラフが示す「収穫加速の法則」において、『「パラダイム」の定義がなく何も予測しておらず、反証不可能であるどころか反証に足る予測を示していない』、という批判に対しては、「ムーアの法則」の明確な定義と予測と反証可能性こそが、その反論となります (と、彼らは考えているようです)。

逆に、『「ムーアの法則」が半永久的に継続されるはずがない』という常識的な判断力による批判は、「収穫加速の法則」によって示された宇宙開闢から続く指数関数的成長こそが、その反論です (と、彼らは考えているようです)。

 

けれども、改めて言うまでもないことですが、仮に「収穫加速の法則」の正しさを認めるとしても、この法則は「パラダイム・シフト」の加速を述べるものであり、一方で「ムーアの法則」は、集積回路の微細化とトランジスタ数の増加を述べるものです。

2つの法則は論理的には完全に意味が異なるものであり、同一視して未来予測を述べることは誤りです。


このエントリで述べたことは、単に一人のシンギュラリタリアンとの議論から私が感じた印象に過ぎず、一般化して述べるつもりはありません。

そして、『ポスト・ヒューマン誕生』におけるカーツワイル氏の議論を注意深く追ってみると、将来予測において「パラダイム・シフト」の意味での「収穫加速の法則」は、直接的に使用されていないことが分かります。


あくまでも、カーツワイル氏による予測の根拠は次の2点です。すなわち、「しばらくの間はムーアの法則が続き、脳をエミュレーションするために十分な計算能力が得られる」、「脳のスキャン技術の発展により、脳エミュレーションに必要となる知見が得られる」という想定です。この2点から、脳エミュレーションによる汎用人工知能の実現と、AIの知能の指数関数的な加速を予測しています。


そこで、将来のエントリでは、カーツワイル氏がシンギュラリティ到来を予測する直接的な根拠である、この2件の主張を検証していきます。