ここで、(狭義の)ムーアの法則の限界、すなわち半導体プロセスの微細化の限界について述べておきます。予め断わっておきますが、このエントリは、集積回路のトランジスタ密度向上について述べた(狭義の)ムーアの法則に関する限界であり、カーツワイル氏が主張する「パラダイムシフト」を含む拡張されたムーアの法則を扱うものではありません。
フォトリソグラフィ
現代の半導体業界における製造技術について簡単に解説しておきます。半導体のマイクロプロセッサは、シリコンや半導体からできています。その製造原理自体は比較的簡単で、端的に言えば写真と同じであり、フォトリソグラフィと呼ばれています。
フォトリソグラフィの工程は次の通りです。ウェハーと呼ばれるシリコン製の円盤の上に、フォトレジストと呼ばれる薬剤を散布します。それとは別に、透明なガラス製のフォトマスクの上に、半導体上で作成したい回路のパターンを作成します。フォトレジストは光に反応して溶ける、または硬化する性質があるため、フォトマスクを通して強力なレーザー光線を当てると、フォトマスク上の影のパターンがウェハー上に投影されます。
この後、形成された回路パターンに従ってウェハーの表面を溶かし、別の半導体を添加してトランジスタの素子を作成したり、あるいは素子同士を配線することによってプロセッサを製造します。
実際のところ、一つ一つの工程自体が最先端技術の塊なのですが、ごく単純化して述べればこの通りに半導体は作られています。
極端紫外線リソグラフィ
上記の通り、半導体のフォトリソグラフィでは光線を使用します。そのため、使用する光の波長によって回路の線幅、プロセスルールの下限が決定されます。微細化が進めば、より短波長の光線を使わなければ回路のパターンを形成することができません。
現在は、このリソグラフィの露光のため、波長の短い紫外線を用いる極端紫外線リソグラフィ (Extream Ultraviolet Lithography) と呼ばれる次世代技術の開発が進められています。
けれども、EUVLの技術開発はあまり上手く進捗していません。高いエネルギーを持っている紫外線を安定して発する光源の開発が難しいこと、紫外線のような短波長の光線はレンズや鏡といった光学系内部どころか空気中でさえ著しく減衰する*1ことがその理由として挙げられています。2017年現在、EUVLはまだ量産プロセスには導入されておらず、リソグラフィ機器メーカーから半導体ロジックメーカーに出荷が始まった段階です。2016年現在の半導体メーカーのロードマップでは、2020年頃の10nmプロセス以降からの量産プロセスでの本格利用開始が見込まれているようです。
実は、私はこの分野に近い領域の学生でした。私が学生だった頃の約10年前からずっと「あと2〜3年でEUVLは実用化される」と言われ続けてきた記憶があります。5, 6年前には、半導体メーカー各社は20nmプロセス以降でEUVLを導入するロードマップを描いていたはずであり、その開発は大きく遅延しています。
個人的な感覚を述べます。EUVLに関する技術的な問題は解決され、数年以内に量産プロセスでの利用は始まるでしょう。けれども、その設備投資に見合う規模の市場が果たして本当に存在するのかは疑問があると考えています。PCやスマートフォン市場は成熟しつつありますし、次世代のIoT (Internet of Things) で使われる半導体は、微細化、高性能化よりもむしろ安価、低機能、低消費電力が求められるものです。
そして、5〜7nmよりも先の微細化は、量子効果が顕在化するため相当に困難であると考えています。そもそもゴードン・ムーア氏自身でさえ2005年のインタビューで「ムーアの法則は永遠に続くものではない」と述べています。最新のIRDSロードマップでは、2024年ごろに微細化が限界に達すると想定されています*2。
また、既に半導体製造プロセスルールの値は技術的・物理的な意味を失なっていること、微細化それ自体は計算性能向上とコスト低下をもたらさなくなっていることを指摘しました。
いずれにせよ微細化が物理的限界に達して停止することは自明ですが、ただしカーツワイル氏は (狭義の) ムーアの法則が2045年まで継続されるとは主張していませんし、私の議論もその前提のもとで構成しています。
それを考える前に、次回は「工学における『法則』とは一体何なのか」について検討します。