シンギュラリティ教徒への論駁の書

“Anyone who believes that exponential growth can go on forever in a finite world is either a madman or an economist.” - Kenneth Boulding

未来は既に我々の手の中にある(はず)

最新テクノロジーに関するインターネットメディアの報道を見ていると、多数のテクノロジーの研究開発が進んでおり、明日にでも研究室という滑走路を離陸して、市場の大空へ飛び立って世間に普及するかのように喧伝されています。

けれども、実際に技術開発に関わっている研究者なりエンジニアたちは、やや異なる捉え方をしていることでしょう。新技術が発明・開発段階を経て市場投入され、古い「パラダイム」を追い越すまでには、非常に長い期間が必要となるからです。

 

下記の画像は、国際半導体技術ロードマップ (ITRS) の委員長であり、元インテル社幹部のパオロ・ガルジーニ氏が2015年に発表した資料*1から引用したものです。ここで挙げられている技術は、全て半導体トランジスタの製造プロセスで使用されている技術であり、最初に研究論文で提案されてから市場投入までに要した時間を表しています。

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挙げられた技術のうち、歪みシリコン (Strained Silicon) とHKMG (High-Kメタルゲート) は、実用化まで11年の期間を要しています。ソース/ドレイン電圧比の向上は16年、マルチゲートは14年の開発期間を経ています。平均すれば、研究から実用化までは12〜15年の期間が必要とされます。

 

実際のところ、研究で有用性が示された技術であっても、実用化・量産化までには多くの壁を乗り越えなければなりません。研究から製品開発、製品の生産プロセスを進めるためには長い時間を要します。そして、やっと発売され市場投入に辿りついた技術も、既存のテクノロジーを置き換えて真価を発揮するまでには、やはり時間を要します。

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これは、カーツワイル氏が提示している (拡張) ムーアの法則を示したグラフに、真空管トランジスタ集積回路の発明年を書き加えたものです。グラフ上で、あるパラダイムが始まるよりも10年以上前に、既に次の「パラダイム」の元になる技術が発明されていることが分かります。
つまり、あるパラダイムにおいて指数関数的な成長が続いている間に、次世代のパラダイムが発明されていなければ、(拡張) ムーアの法則は維持することができません。過去の事例から逆算して考えると、新技術の発明、製品開発、市場への普及には最低でも10年程度の期間を要します。

(狭義の)ムーアの法則の終焉が、6〜7年 (2ノード世代, 7/5nm) ないし2〜3年 (1ノード, 10nm) 以内に迫っていることを考慮すると、既に次の「パラダイム」の研究が完了しており、商品化されている必要があると言えます。

 

今日のテクノロジーは、ある日突然に天才のひらめきから飛び出してくるわけではなく、長い時間を要する、企業と大学の投資計画と組織的な研究開発活動によって生み出されるものです。未来のテクノロジー (の一部) は、既に現在市場に存在していなければならないと言えます。けれども、ここ10年程度の範囲で研究段階を超え市場投入された技術の中に、シリコン製の半導体集積回路の性能を即座に超えて代替することが可能な技術は、現在のところ見当りません。

もちろん、明日にでも新しい技術が開発され、爆発的に普及が進む可能性は否定しません。けれども、実際に今現在見えているテクノロジーとその成長速度を検討すると、どうやら(拡張)ムーアの法則を維持するほどの将来性があるテクノロジーは存在しないように見えます。

 

そこで、次回のエントリでは研究開発段階にある具体的なテクノロジーを取り上げ、その将来性を議論してみます。