シンギュラリティ教徒への論駁の書

"Unending exponential growth? What drugs are those people on?" - Linus Torvalds

クラークの三法則に関する断章 (2) 「不可能性の自己欺瞞」

今回も、前回に引き続いてクラークの三法則の第二法則を扱います。

『可能性の限界を測る唯一の方法は、不可能であるとされるところまで進んでみることである。』
"The only way of discovering the limits of the possible is to venture a little way past them into the impossible."

 

以前にも私は類似のテーマについて記事を書いていますが、何かが「不可能である」と示すことは、多くの場合において「不可能」であると言えます。なぜならば、「不可能である」ことを示すためには、未だ誰も思いついていない方法も含めてあらゆる可能性を潰さねばならない一方で、解決策(あるいは可能性)が一つでも示されれば、「不可能である」という主張は誤りになるからです。ここには一種の労力の非対称性が存在しています。「これまであらゆる人が失敗してきた」ということは言えても、そこから「未来永劫、それは不可能である」という結論を導くことはできません。

 

ゆえに、何かが不可能であるかを確かめるためには、この"法則" が述べる通り、可能であることを積み上げ示していく以外にありません。けれども、クラークの第二法則を「悪用」すれば、間違った主張、間違った理論を際限なく擁護することができてしまいます。科学哲学者のラカトシュポパー反証主義に対して反論している通り、何らかの理論の反証となりうる事例も「それは核心的な誤りではなく、単なる実験の不備やデータの不足だ」と主張できてしまうからです。

数学者・ソフトウェア工学者であり、情報技術と社会との関わりに関する人文学的な学際研究もある林晋氏は、自身の過去の研究テーマに関する失敗についてこう述べています。

学問的な事実が実験・調査などにより示されても、それを完全に正しいと言い切ることは難しい。ある主張の不可能性を示すことは特に難しい。
すべての研究者が暗黙の了解としているために見落とされている条件があり、それが見つかって、出来るわけがないと思われていたことが、簡単に実現されてしまうことは良くある。

これを「悪用」すると、「誤差です」「ちょっと間違えていましたが修正可能です」「データが十分でないだけです」とか言って、間違えた結論を擁護し続けることができる。
だから、最後は、社会がそれを認めるか認めないか、そういう社会的レベルでの決着になることさえある。これはSTAP細胞を巡って、我々が目撃しつつあることだ。*1

 
ここでも取り上げられているSTAP細胞の研究者が良い例でしょう。彼女が実験データを適切に扱っていなかったこと、論文に他人の文章からの盗用が存在するということは示すことができます。けれども、それらの証拠はなお「STAP細胞が存在しないこと」を証明するものではありません。仮にSTAP細胞を作成する手法を本当に発見していたのであれば、実験手順やデータの不備は、誰からも注目されることもなく、後から修正すれば許されていたでしょう。

つまり、どれほど「証拠が無いこと」を示したとしても、なおそれは「無いことの証拠」ではなく、「存在しない」「不可能である」ということを示すためにはしばしば大変な困難を伴います。


シンギュラリティ論と「収穫加速の法則」の実証的な根拠を議論する際、私が常に直面してきたのもこれと同様の「不可能性の証明」に関する問題です。

本論で私は、「近い将来においてシンギュラリティが発生するという予測は妥当であるのか」を検討してきました。けれども、私が言えることは、せいぜいが「近い将来においてシンギュラリティが発生するという根拠は無い」という主張のみであり、ここから「シンギュラリティは未来永劫に渡って発生しない」と結論付けることはできません。

けれども、同様に、「シンギュラリティが発生しない」ことを私が示せないという事実は、「シンギュラリティが到来する」ことの証明ではありません。(無知論証) シンギュラリティの発生に対する妥当な未来予測の根拠を示せない限り、「原理的には不可能ではない」という主張は単なる信念の表明に過ぎず、何ら意味のある議論ではありません。

 

今回も、クラークの法則を言い換えて記事を終えたいと思います。

『可能性の限界を消し去る唯一の方法は、不可能であるということを認めないことである』

 

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