シンギュラリティ教徒への論駁の書

"It's tough to make predictions, especially about the future." - Yogi Berra

カーツワイル氏の過去の予測を検証する ─ 2009年 (1)

以下の引用は、フューチャリストレイ・カーツワイル氏が、1999年 (邦訳は2001年) の著書『スピリチュアルマシーン』の中で発表した、10年後 (2009年) の将来予測の前半部分です。

予測の詳細な検証は、後の記事をご覧ください。

 

コンピュータ

時は2009年。人々はおもにポータブル・コンピュータを使っている。それは10年前のノート型よりはるかに軽くて薄い。コンピュータは、その大きさ形とも、さまざまな種類があり、洋服や、腕時計、指輪、イヤリングといった装飾品に普通に組み込まれている。高品位なビジュアル・インターフェイスを備えたコンピュータは、指輪、ブローチ、クレジットカードから薄い本のものまで、いろいろある。
ほとんどの人が少なくとも10個のコンピュータを身につけており、それらは「ボディーLAN」(ローカル・エリア・ネットワーク) でネットワーク化されている。これらのコンピュータは携帯電話やポケットベルに似た通信機能を持ち、さらに身体機能をチェックしたり、金融関係の取引やセキュリティ・エリアへ立ち入る際に必要となる自動人物識別を行なったり、ナビゲータの役割を果たしたりと、さまざまなことをこなす。

 

たいていの場合、こういった真に「パーソナルな」コンピュータには、動く部品がついていない。メモリは完全に電子的であり、ほとんどのポータブル・コンピュータにはキーボードがない。
回転型記憶装置 (つまり、ハード・ドライブ、CD-ROM、DVDなどのような回転盤を使用するメモリ) は、いまや廃れつつある。ただし回転型磁気記憶装置は、大量の情報を保持するサーバーではまだ使用されている。ユーザーのほとんどが自宅やオフィスにサーバーをもち、ソフトウェア、データベース、文書、音楽、映画、仮想現実環境 (ただしこれはまだ初期の段階のものだが) のような「デジタル・オブジェクト」を大量に保存している。個人のデジタル・オブジェクトを保管してくれるサービスセンターもあるが、ほとんどの人がプライベート情報は自分自身で管理するのを好む。

 

ケーブル類は姿を消しつつある。ポインティング・デバイス、マイク、ディスプレイ、プリンタ、そして時にはキーボードといったコンポーネント同士の通信には、短距離のワイヤレス技術が使用されている。

 

コンピュータにはたいてい、ワールドワイド・ネットワークに接続するためのワイヤレス技術が内蔵されている。一方、このワールドワイド・ネットワークは、即時に利用できて信頼性の高い超広帯域幅 (つまり、回線容量がひじょうに大きい) の情報伝達を提供している。本、音楽アルバム、映画、ソフトウェアなどのデジタル・オブジェクトは、データファイルとしてワイヤレス・ネットワークを通して即座に配信される。それらがデジタル・オブジェクトから連想されるような「実物」はないのが一般的だ。
文章の大半は連続音声認識 (CSR) 書き取りソフトを使ってつくられているが、依然としてキーボードも使われている。CSRはひじょうに正確で、数年前まで利用されていた入力代行屋のはるか上をいく。

 

また、いまやどこにでもあるのが、CSR自然言語処理を組み合わせたランゲージ・ユーザーインターフェイス (LUI) だ。LUIは、単純なビジネス業務や情報の問い合わせといった日常的なことにきわめて反応がよく正確だ。しかし、どちらかと言えば特定の仕事に焦点が当てられている。またLUIは、しばしばイメージ・キャラクタとも結びついている。イメージ・キャラクタと対話しながら買い物をしたり何かの予約をしたりする行為は、そのキャラクタがシミュレーションであるという点を除けば、まるでテレビ会議で人間と話をしているようだ。

 

コンピュータ・ディスプレイは高品位、ハイ・コントラストで視野が広く、ちらつきもなく、紙がもつすべての質を備えている。であるので、本、雑誌、新聞などは、文庫本程度の大きさのディスプレイ上で読まれるのが一般的だ。
メガネに組み込まれたコンピュータ・ディスプレイも使用されている。この特殊なメガネは、普通に景色も見られるが、さらに仮想イメージをつくり出す。この仮想イメージは、ユーザーの網膜に直接イメージを投影する小さなレーザーによって生み出されている。

 

コンピュータにはたいてい動画カメラが組み込まれており、顔からそのコンピュータの所有者を確実に識別する。
回路に関しては、一般に立方体チップが使われており、古い単層型チップからの移行が進行しつつある。
従来型のスピーカーは、ひじょうに小さなチップをベースにしたデバイスにその座をゆずりつつある。このデバイスは、三次元空間のどこにでも高品位なサウンドを生み出してくれる。これは、ひじょうに高い周波数の音の相互作用により生み出されるスペクトルから可聴音をつくり出す技術で、かなり小さいスピーカーでも重厚感ある三次元サウンドをつくることができる。

 

1999年のドル価で1000ドル程度のコンピュータは、毎秒約1兆回の計算をすることができる。またスーバー・コンピュータは、少なくとも人間の脳のハードウェア性能--毎秒2000万x10億回の計算--に並んでいる。またインターネット上の未使用のコンピュータが利用されることにより、人間の脳のハードウェア性能に匹敵する仮想の並列型スーパー・コンピュータが出現している。

 

大規模に並列的なニューラルネット遺伝的アルゴリズム、その他カオスや複雑系のコンピューテーション理論への関心がますます高まりを見せている。ただし、コンピュータの計算はほとんどがまだ従来型の逐次処理 (シーケンシャル・プロセッシング) を用いており、並列計算 (パラレル・プロセッシング) を使ったものはそう多くない。

 

人間の脳に対する逆工学の研究がはじまっている。この研究では、死亡して間もない人間の脳を破壊的にスキャンするだけでなく、磁気共鳴映像装置 (MRI) によって、生きた人間の脳を非侵襲的にスキャンすることも行なわれている。

 

ナノ・エンジニアによる自立的マシーン (つまり、原子単位、分子単位でつくられたマシーン) が実証されている。これらのマシーンは、それ自体がコンピュータでコントロールされている。ただし、ナノ・エンジニアリングはまだ実用的な技術とは見なされていない。

教育

20世紀、学校にあるコンピュータの大半は脇役で、コンピュータによるもっとも効果的な学習は自宅で行なわれていた。しかし2009年のいま、学校はまだコンピュータの最前線にはいないものの、知識の道具としてのコンピュータの重要性が広く認知されている。コンピュータは、生活全般においてそうであるように、教育においてもあらゆる側面で中心的な役割を果たしている。

 

インストールされた文書は依然として多いものの、読む行為の大半はディスプレイ上で行なわれている。しかし、おもに20世紀の書物やその他の文書は急速にスキャンされてコンピュータに保存されており、紙文書の時代は終わりつつある。2009年ごろの文書には、たいてい動画や音が取り込まれているだろう。

 

あらゆる年齢の学生が、自分のコンピュータをもっている。重さ500グラム以下の薄いタブレット状のもので、ひじょうに高解像度のディスプレイがついており、読書にはうってつけである。子供たちはおもに音声を使ったり、また鉛筆に似たデバイスで画面を指したりしながら、コンピュータと対話をする。キーボードはまだ存在しているが、テキスト文のほとんどは音声によりつくり出されている。学習教材には、ワイヤレス通信でアクセスしている。

 

知的な教育ソフトが学習の一般的な手段として登場している。最近の研究によると、読みや算数といった基礎的技能に対話型学習ソフトを使うと、とくに生徒対教師の比率が一対一以上のときは、教師に教わる場合と同じぐらい早く学習できるという。これらの研究はいろいろ批判を浴びているが、もう何年もの間、ほとんどの学生と父兄がこうした考えを受け入れている。一人の教師が何人もの生徒を教えるという伝統的な方法は、いまだに広く行なわれているが、学校は次第に教育ソフトに依存するようになっており、教師は生徒のやる気 (モチベーション)、精神的安定、社会性といった問題にまず目を向けるようになっている。

 

幼稚園児や小学生は、読む力が向上するまで、各自のレベルに合ったテキスト朗読ソフトを使って読む練習をしている。このテキスト朗読システムは文書全体を表示しながら読み上げるもので、その間、読んでいる箇所をマーカーで強調するようになっている。合成音声は、ほぼ完全な人間の声に聞こえる。21世紀に入って数年間、教育関係者の中には、子供たちが朗読ソフトに頼りすぎるようになるのではないかと危惧する向きもあったが、いまや子供も父兄もこうしたシステムを喜んで受け入れるようになっている。さらにさまざまな研究により、映像と音声を合わせた文章を提示することで、子供たちの読む力が向上することも明らかになっている。

 

遠隔地学習 (たとえば、地理的に離れている学生たちが同じ講義やセミナーを受ける) も普通に行なわれている。

 

一方、学習は多くの仕事において重要な一部になりつつある。雇用の際に求められる技能レベルがどんどん上がっているなか、新しい技能の訓練や向上は、ときおり補足的に行なわれるものではなく、ほとんどの仕事において、つねに行なわれるべき義務になりつつある。

障害者

2009年の知的なテクノロジーにより、障害をもった人たちが急速にハンディキャップを克服しつつある。読む力に障害のある学生は、テキスト朗読システムを使うことにより障害を乗り越えつつある。

 

視覚障害者のためのテキスト朗読機は、いまやひじょうに小型で安価なパーム・サイズのデバイスになっており、(まだ紙の形で残っている) 本などの印刷文書、さらに標識や広告印刷物などの文字を読むことができる。これらの朗読システムは、広く普及しているワールドワイド・ネットワークから即座に入手できる無数の電子文書を読むことにも長けている。

 

何十年もの試みを経て、ようやく便利なナビゲーション・システムが登場した。これは、人工衛星による位置測位システム (GPS) 技術を利用し、行く手の障害物を避けながら道を探し出し、視覚障害者をアシストするものだ。視覚障害者は朗読ナビゲーション・システムとも対話できるから、何かを読んだり話をしたりする盲導犬を連れているようなものだ。

 

聾唖者--あるいは難聴の人--は、たいてい、話した言葉を即座に文字表記してくれる携帯型音声テキスト変換マシーンをもっている。このマシーンは、話している内容をリアルタイムでテキスト文字に変換する。聾唖者は文字に変換された会話文を読むか、手話をするイメージ・キャラクタの、いずれかを選択できるようになっている。いまやこのマシーンにより、聾唖者が抱えるコミュニケーション・ハンディキャップという問題はなくなった。さらに、話している内容をリアルタイムに他の言語に翻訳することもできるので、耳が不自由でない人にも利用されている。

 

コンピュータ制御の歩行支援マシーンが登場している。これらの「歩く機械」により、両足が麻痺している人でも歩いたり、階段を上ることができるようになっている。ただし多くの身体障害者が、長い間動かさなかったことによる関節機能障害をおこしているので、両足が麻痺しているすべての身体障害者が義肢を利用できるわけではない。しかし歩行支援システムの登場により、機能障害を起こしている関節を取り替えようという動きも、以前よりも活発になってきている。

 

盲目、聾唖をはじめとする身体的障害は必ずしもハンディキャップにはつながらないという認識が次第に高まりつつある。身体障害者もその障害を語るとき、ちょっと不便なもの、という程度になっている。いまや知的なテクノロジーは、障害者と健常者の壁を取り除くものになっている。

通信 (コミュニケーション)

翻訳電話 (たとえば、こちらが英語で話すと日本人の友人がその内容を日本語で聞けるもの) の技術が、多くの言語で利用されている。たいていの場合、個人のパソコンでもその機能が実現されており、パソコンを電話としても使えるようになっている。

 

電話は基本的にワイヤレスであり、高品位の動画が使えるようになっている。これにより、地理的に離れている者同士が、さまざまな種類・規模の会議を行なっている。

 

あらゆるメディア--少なくとも本やCDのような「ハードウェア」とその中身の「ソフト」--が、効率よく統合されている。つまり、いまやそれらは広帯域のワイヤレス・ウェブから配信される「デジタル・オブジェクト」(つまりファイル) として存在している。これにより、本、雑誌、新聞、テレビ、ラジオ、映画などのソフトを、個人用の携帯型通信デバイスに簡単にダウンロードできるようになっている。

 

事実上すべての通信がデジタルに暗号化されており、行政機関は公開鍵を利用している。さらに個人、そして犯罪組織を含む多くの団体が、事実上解読不可能な暗号コードを使っている。

 

離れた場所にある物や人間に触れているような感覚を与える触覚技術が登場しはじめている。この「フォース・フィードバック装置」は、ゲームや訓練用シミュレーション・システムで広く利用されている。

 

双方向型 (対話型) ゲームには十分な視覚・聴覚環境が組み込まれているが、触覚環境はまだ対応されていない。1990年代後半のオンライン・チャットルームに代わり、視覚的にはきわめてリアルに人と出会える仮想環境が登場している。
遠方の人間や仮想パートナーと性的体験をするようになっている。しかし触覚環境がまだ十分ではないので、こうしたバーチャル・セックスはまだ主流ではない。仮想パートナーは性のエンタテイメントとして人気はあるが、まだゲームのようなものだ。電話は通話している相手を高品位の動画でリアルタイムに映し出せるため、テレフォン・セックスのほうがずっと人気がある。

 

スピリチュアル・マシーン―コンピュータに魂が宿るとき

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