シンギュラリティ教徒への論駁の書

“Anyone who believes that exponential growth can go on forever in a finite world is either a madman or an economist.” - Kenneth Boulding

シンギュラリタリアンの『予言がはずれるとき』

これまでの記事で、私は現時点で既にカーツワイル氏の予言の大部分が外れていることを示しました。

 

今後、時間が経過するにつれて、ますます多くの予言が外れていることが明白となり、2040年、2050年代になっても「シンギュラリティ」なる事象が到来しないことが明確になるだろうと考えています。私は、未来学者を名乗るつもりはありませんが、その時にカーツワイル氏とシンギュラリティ教徒に起こることを予言します。

「予測が外れれば外れるほど、逆に彼らはシンギュラリティの到来をますます固く信じ、ますます強くシンギュラリティを宣伝するようになるだろう。」

一見すると奇妙な主張に聞こえるかもしれませんが、将来予測に関係した社会運動の帰結を考える上で、参考になる先行事例が存在しています。1950年代に書かれた宗教社会学におけるフィールドワーク研究の古典的名著『予言がはずれるとき (When Prophecy Fails: A Social and Psychological Study of a Modern Group that Predicted the End of the World)』です。

予言がはずれるとき

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ヴィクトル・ヴァスネツォフ 『黙示録の騎士』(1887)

 

古来より、多数の宗教教団が「この世界が終わる」という予言を発してきました。けれども、これまでのところ、世界が文字通りの意味において終末を迎えたことは一度もありません。私自身も個人的には世界の終末を信じていますが、世界の終末の期日はただ神のみがご存知であり、何らかの予兆はあるにせよ、具体的な期日を定めた終末の予言は、全て神の権能を犯すものであると信じています。

予言された世界の終末は、これまでのところ全て外れてきました。けれども、不思議なことに、終末予言が外れたにもかかわらず信者の信仰が深まり、教団の勢力が拡大する事例は珍しくありません。『予言がはずれるとき』においては、古くはユダヤ教に対するキリスト教もこの事例に当てはまるとされています。記録が残っている近現代を見ても、この理論にあてはまる終末予言を行なった宗教運動の事例が多数挙げられています。日本からは、オウム真理教も事例に含められるでしょう。

認知的不協和の理論

この一見矛盾した奇妙な事象を説明する理論が、「認知的不協和の理論」です。これは「自らの価値観や信念と矛盾した出来事に対して、人間はどう心理的に折り合いを付けるのか」を説明するものです。

本書の著者であるフェスティンガーは、この認知的不協和理論の提唱者です。幸運にも彼らの研究グループは、「明確になされた予言が実際にはずれた後、このグループの布教活動が全体的に以前より活発化するという、理論的に予測された逆説的な現象」を、実証的に観察する機会に恵まれます。

 

1954年12月21日に世界中が大洪水で押し流されるが、警告を信じる一部の人たちだけが宇宙人の乗ったUFOに乗せられ救済され、新たな世界を創るための使命を受ける。本書では「キーチ夫人」という偽名で記されているドロシー・マーティンという女性がそんな終末予言を行ったことを知り、著者らの研究グループは信者を装い夫人のグループに接触します。そこで、予言が外れるまでの一部始終を観察し記録するのです。

当然ながら予言は外れ、12月21日を過ぎても洪水は起こらず、UFOも現れませんでした。予言された期日が過ぎてもひたすらUFOの到来を待ち続けるキーチ夫人と信奉者たちの描写は、強固な信念を抱いた人間が持つコミカルな哀しさを感じさせます。

けれども、予言が外れた後も、キーチ夫人や何人かの中心的なメンバーは動揺することなく確固たる信念を抱き続けました。本書の邦訳出版時点(1995年)における訳者解説では、キーチ夫人は1970年代後半にも宗教的活動を継続していたと報告されています。

それではなぜ、終末予言が外れても信者の信仰は強まり、教団の勢力が拡大する場合すらあるのでしょうか。

不協和と合理化

「ある日に世界が終わる」という信念と「現実の世界は期日を過ぎても存続している」という歴然たる事実は両立しえないため、メンバーの心理に強い矛盾、不協和を生み出し、耐え難い苦痛を引き起こします。この不協和を解消する最も簡単な方法は、外れた予言を捨て去り、予言を信じる以前の日常生活へ戻っていくことです。実際に、キーチ夫人の予言が外れた後、信奉者の何人かがグループとの関係を断ったと記されています。けれども、信念体系へのコミットメントが非常に強い場合、たとえば、終末の日に備えるために仕事を辞めたり財産を処分していた場合は、信念の放棄自体が強烈な苦痛を引き起こします。そのため、むしろそのまま不協和に堪え忍ぶことが選択されることがあります。

明白に間違いが示された信念を保ち続ける場合に不協和を軽減する手段は、予言が外れた理由を合理的に説明し、自らを納得させることです。たとえば、終末の期日の計算が間違っていた。邪悪な悪魔によって妨害を受けている。我々の祈りが通じて終末が延期された、あるいは、実は我々が生きている現在の世界こそが既に終末後の世界なのである、などと理由付けを行い、予言は外れたが信念自体はなお有効であると「合理化」を行うのです。

けれども、どのような説明がなされようとも、依然として十分ではありません。予言の誤りは明白であり、自分の備えは全て無駄だったと信者自身も理解しているからです。不協和はあまりにも重大であり、合理化によっては不協和を除去できません。けれども、それでも不協和を軽減しうる方法はあります。本書では、その方法は次のように説明されています。

「もし、その信念体系の正しいことが次第に多くの人々に納得されるとすれば、結局のところ、明らかにそれは正しいに違いないのである。」

私の言葉で簡単に言い換えるとこうなります。多数の人が信じていることは正しい。なぜ正しいかと言えば、それは多数の人が信じているからだ。外れた予言をなお信じ続けている人々はこう考え、より多くの人を自身の信念へと勧誘していきます。首尾よく支持者を集めることができれば、同じ考えを持つ人が現実への緩衝材となり、たとえ不協和が存在していても折り合っていける程度まで不協和を低減できます。これが、終末予言が外れた後、信仰が深まり教団の勢力が拡大する理由です。

シンギュラリタリアンの不協和

認知的不協和の理論を、シンギュラリティ論に対して適用し考察してみます。

私がこれを書いている時点ですら、私の文章を読み「収穫加速の法則」の根拠が存在しないこと、その予測が今現在においてさえ外れていることを示されてもなお、収穫加速の法則とシンギュラリティを信じ、カーツワイルの敬虔な信徒であり続けている人が多数観察できます。

「堅固な信念を持っている人の心を変えるのはむずかしい。…その人に事実や数字を示したとしても、その出所に疑問を呈すだろう。論理に訴えたとしても、その人は肝心な点を理解できないことであろう。」

まさに、『予言がはずれるとき』に書かれている通りです。

今後も、科学とテクノロジーの発展が続くことに疑いはありません。けれども、たとえばマインドアップロード不老不死や労働からの解放、あるいは無尽蔵のエネルギーと貨幣経済の終焉というユートピア、そして宇宙が「精霊」で満たされ覚醒するなど、「世俗的なテクノロジーの語彙で語られた終末と来世」としてのシンギュラリティは、いつまで待っても到来しないでしょう。そのような場合、コミットメントが低い人々は、シンギュラリティ論そのものを捨て去るだろうと思います。けれども、コミットメントの強い人たちは、認知的不協和の理論から予測される通り、自身が間違っていたことを認めるよりは、不協和と共に生きていくことを選択するだろうと考えています。

その時には、さまざまな合理化のための説明がされるだろうことは間違いありません。期日の設定が誤っていただけで、2070年にはやはりシンギュラリティに到達するのだ。ネオ・ラッダイト運動によりテクノロジーの進歩が遅らされてしまっている。政府によるテクノロジーへの投資が少なく成長が阻害されているのだ。実は我々が生きている現在の世界こそが既にシンギュラリティ後の世界なのである、等々。


というよりも、今の時点でさえ、テクノロジーの進歩が指数関数的ではないことに対する合理化のための説明を発見することができます。

次回は、シンギュラリティ論における合理化の手段を紹介し、指摘してみたいと思います。

予言がはずれるとき―この世の破滅を予知した現代のある集団を解明する (Keiso communication)

予言がはずれるとき―この世の破滅を予知した現代のある集団を解明する (Keiso communication)

  • 作者: L.フェスティンガー,S.シャクター,H.W.リーケン,Leon Festinger,Stanley Schachter,Henry W. Riecken,水野博介
  • 出版社/メーカー: 勁草書房
  • 発売日: 1995/12/01
  • メディア: 単行本
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