シンギュラリティ教徒への論駁の書

“Anyone who believes that exponential growth can go on forever in a finite world is either a madman or an economist.” - Kenneth Boulding

翻訳:シンギュラリティは近くない:「シンギュラリタリアン」の知的欺瞞

以下は、ジャーナリストのCorey Pein氏による記事 "The singularity is not near: The intellectual fraud of the “Singularitarians” " の翻訳です。

シンギュラリティは近くない:「シンギュラリタリアン」の知的欺瞞

70年以上前、クリスチャンのアナーキスト哲学者であったジャック・エリュールは、テクノロジーは現代国家の真の公認宗教であると断定した。優れた男であり、ホロコーストからの避難民を保護したフランス地下レジスタンス運動のリーダーであったエリュールは、科学者とエンジニアによって可能となったグローバルなカタストロフィを生き延びた。それゆえに、これら同じテクニシャンたちが、これら偽司祭たちが今世紀を統べるだろうと気づいたのである。そして、エリュールは科学者とエンジニアをこのように嫌っていた。「とりわけ不安なのは、彼らが得た莫大な力と、彼らの批判的な能力のギャップである。それはまったく無いと見積もらねばなるまい。」

もしも、エリュールの言う通り、テクノロジーが国家の公認宗教であるならば、シンギュラリタリアニズムはその最も過激で狂信的な宗派に違いあるまい。シンギュラリティは、ガジェット崇拝の戦後世界の教会のオプス・デイである。レイ・カーツワイルは、この教団で最も名の知られた預言者かもしれないが、しかし彼は最初の人間ではない。シンギュラリタリアニズムの真の教父は、ウィスコンシン州出身のSF作家であり元数学教授であるヴァーナー・ヴィンジである。彼が最初にこのアイデアについて書いた解説はOMNI誌の1983年1月号に掲載された。この風変わりな「科学」雑誌は、キャシー・キートンによって創設されたものである。ニューヨークタイムズの死亡記事によれば、彼女はかつてヨーロッパ随一の高給ストリッパーであった。しかし、よく知られているのは、癌の代替医療の宣伝と、夫のボブ・グッチョーネと共に創刊したPenthouse誌のほうだろう。このご大層な記事は、「海猿、猿人や生きている恐竜」に関するの記事の間に掲載されたものだが、そこでヴィンジは、迫り来る「技術的特異点」の到来を予測していた。コンピュータの知能が、創造者である人間にも理解できないほどに上回る時である。ヴィンジの主張によれば、技術的発展の目覚しい指数関数的曲線は、減速を始めているのではなく、その逆に、あらゆる想像を超えた加速が開始されるところであるのだという。「我々はすぐに我々自身の知能よりも優れた知能を作り出すだろう」とヴィンジは書いた。のちの論者とは異なり、必ずしもヴィンジはシンギュラリティが人類にとってのポジティブな発展となるとは捉えていなかったようだ。「物理的な絶滅は最悪の可能性ではないかもしれない」と彼は記した。「我々が動物を扱うような、異なる方法を考えてみてほしい」つまりは、新しいロボットの大君主オーバーロードは、人間を奴隷、家畜、良くてペットとしてしまうかもしれないというのだ。

多くのクリエイティブな人々と同じく、ヴィンジはビジネスの才能を欠いていたため、自身のアイデアのマーケット上の潜在能力を十分に生かすことができなかった。その仕事はレイ・カーツワイルへと引き継がれた。有能なブランドビルダーであるカーツワイルは、ヴィンジの渋面をひっくり返し、シンギュラリティを巨大な宇宙規模のパーティとして作り替え、巨大な商業的成功へと導いた。科学者でありライターであるダグラス・ホフスタッターは、カーツワイルをあざけり、「狂ったアイデアと…堅牢なアイデアの奇妙な混合物」と評した。にもかかわらず、それは勝利の方程式だったのだ。2011年には、Time誌はカーツワイルを「世界で最も影響力のある100人」に選出し、シンギュラリティ教を雑誌のカバーストーリーに飾ったのである。Time誌が宣言したところによると、これは「途方もない」話のように見えるかもしれないが、「超知能の不死サイボーグ」の見通しは、「冷静で慎重な評価」に値するのだそうだ。

サイエンス・フィクションのように聞こえるかもしれないが、それは違う。天気予報がサイエンス・フィクションではないのと同じである。それは非主流派のアイデアでもない。地球上の生命の未来に関する真剣な仮説なのだ。

これはバカげている。科学は懐疑より始まる。他の全ては売り物である。そしてカーツワイルは、科学者というよりは商売人である。彼が書くものと話すものの中では、聞き飽きた同じキャッチフレーズと逸話が何度も何度も繰り返されている。彼の主張すべては、2つのマジックワードにかかっている。ムーアの法則、毎年、コンピュータの処理能力が指数関数的に成長していくという経験則である。この法則は、インテルの共同創業者ゴードン・ムーアによって提唱された(後に彼の名にちなんで名付けられた)ものであるが、インテルマイクロチップに対するある種の宣伝としての意味も持っている。また、ムーアの法則は、カーツワイル独自の「収穫加速の法則」をインスパイアした。これはすべてのテクノロジーイノベーションは、時が経つにつれて、指数関数的に加速するという彼の信念を要約したものである。数十年以内に、カーツワイルの予想によれば、留まることのないガジェットの進化がシンギュラリティをもたらし、次のようなことが実現するのだという。すなわち、無限のエネルギー、超人的AI、文字通りの不死、死者の復活、そして、「宇宙の覚醒」、言うなれば、すべての物質とエネルギーが目覚めるのである。

カーツワイルは科学者とは言えないかもしれないが、しかし面白い教祖グルではある。彼の「信じれば望みは叶う」的アプローチは、とても楽しく見える。それを生死が絡む問題に対するハッタリをかますのに使わなければであるが。更に悪いことに、権力を持つ人々が彼の主張を真面目に受け止めている。なんとなれば、カーツワイルは彼らが聞きたいと望むことを延々と語り、行き過ぎた消費資本主義を熱心に防御してくれるからである。ピーター・ティールのような技術ユートピア主義者と同様、未来の「新しいパラダイム」は企業の利害によって支配されるべきである、とカーツワイルはずっと主張してきた。このような見解が、長年企業幹部とセールスマンを勤めた人物から発せられるのは何ら驚きではない。化石燃料がこの惑星を破壊するのか? 心配はいらない、カーツワイルは宣言する。我々はすぐに常温核融合の問題を解決し、ナノボットが—いつもナノボットを!— 破壊された環境を修復するだろう。アメリカ人の幸福と展望が悪化したことで、カーツワイルの楽観的な夢想はこれまで以上に売れていった。著者の主張によると、ものごとは良くなっており、すぐにもっと驚くべきことが起こるのだという。

あらゆる想像しうる問題に対して計画があり、それは常に同じ計画である: 未来の誰かが何かを発明して、問題を解決してくれる。カーツワイルは、アメリカ人が常に待ち望んでいた真の信仰をもたらしたのだ。そしてそれは、ビジネスフレンドリーな千年王国運動ミレナリアンの、バカげたまでの楽観的形式であることが判明した。これは、ジャック・エリュールの言う技術信仰の戯画であると見なせるだろう。

このトリックは、今後数十年間生き延びるだろう。原子サイズの医療用ナノロボットや人間の意識のデジタルなバックアップが発明されるまで。「我々は、永遠の生命を得られるまで長く生きていられる手段を手にしています。」カーツワイルは書いている。「けれども、ほとんどのベビーブーマーはそれに間に合わないでしょう。」これによって、更なるいかがわしい強迫観念が生み出された。- 寿命延長である。急速に老化が進む同世代を支援し、Googleクラウドサーバへ記憶や人格のアップロードが可能となる技術的な転換点 - 彼の予測では2045年頃 - が訪れるまで生存できるように、カーツワイルは食事、運動と未承認の寿命延長サプリメントを売り込んでいる。もしも、死神から逃れることに失敗した場合は、後世での復活のために自身の身体や脳を冷凍保存しておくことができる。これはクライオニクスとして知られるプロセスであり、カーツワイルが最後の望みを託す手段である。

病気と死に対するカーツワイルの病的な強迫観念は、テクノロジーの装いをまとった代替医療の深淵へと彼を導いた。その習慣は多くのシンギュラリタリアンが従っている。カーツワイルは、35歳のときに糖尿病と診断された。インシュリン治療に不満を抱き、彼はより優れた方法の発見を目指したのだ。その結果生まれたのが、奇妙な、絶え間なく変化するハーブ薬品のメニュー、加えて1日数百の栄養サプリメントとカスタム・フィットネスの健康法である。詳細は、カーツワイルと彼の主治医であるテリー・グロスマンが共著した2冊の本の中で説明されている:「Fantastic Voyage: Live Long Enough to Live Forever」と「Transcend: Nine Steps to Living Well Forever」である。後者には、69ページのレシピが掲載されており、その中にはステビア、ヤムヤムで甘味を付けられたニンジンのサラダについてのレシピを含んでいる。Skeptic誌は、「Fantastic Voyage」は「根拠と常識に対する希望の勝利」であると酷評し、アドバイスの一部は実際には有害であるかもしれないと述べた。

カーツワイルとグロスマンは、自身の権威を利用して臆面もなく金儲けを行っている。規制の緩いサプリメントを、騙されやすい消費者に販売しているのだ。それには「レイとテリーの長寿プロダクト - 科学と栄養学の出会い」とラベル付けされている。著者のウェブサイトでは怪しげな処方箋が販売されている。その中には、1か月間の「スマート栄養素」の提供を約束する、86ドルの「アンチエイジング・マルチパック」が含まれている。この効果の証明として、カーツワイルは自分自身を提示している。この執筆の時点で彼は70歳であるが、彼は長い間、自分の本当の「生物学的年齢」はそれより20年若いと主張してきた。カメラのレンズはそうではないことを示している。2014年には、カーツワイルは、スポーツマンのような新しい髪形を始めた。- 長く、直毛で、以前よりも少しばかり暗い色の髪形である。突然の変化によって、彼のウェブサイトkurzweilai.net上のコメンターたちの一部は心配した。それはカツラだったのか?白髪染めの不運な失敗?あるいは、カーツワイルはついに本物の奇跡の薬を発見したのか?

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シンギュラリタリアニズムを新しい宗教やカルトであると見なしているのは、何も私が最初の人間ではない。カーツワイル自身も、不死性に対する執着を考えれば、この比較は「理解できる」と述べている。けれども、彼はこのセクトが本質的に宗教的であるという主張は否定する。なぜならば、彼はスピリチュアルな探求の結果としてそこに至ったわけではないからだ。実際には、彼がシンギュラリタリアンとなったのは、「テクノロジー企業の設立における最適な戦術的意思決定」のための「実際的な」努力の結果である、と彼は書いた。スタートアップが道を示したのだ!

シンギュラリタリアンとなることは、カーツワイルの主張によれば、「信仰の問題なのではなく理解の問題なのである。」これは、シンギュラリタリアンとサイエントロジストが共有する常套句である。L.ロン・ハバードは、常に自身の教義を「テクノロジー」として売り込んでいた。これにより、シンギュラリタリアンとの議論は不可能となる。彼らは、自身の信念に科学的に到達したと確信しているために、彼らのバカげた結論に異議を唱える者は非合理的でなければならないのだ。この宗派が、ビジネス、政治、軍事の問題に対して権力を持つ人々の耳に届いていなければ、その教祖は滑稽に見えるかもしれない。けれども、彼らは本気であり、それゆえに危険である。