前回のエントリで述べた通り、「あらゆるテクノロジーが指数関数的な成長を遂げる」という観察が、カーツワイル氏による主張の根本原理となっています。けれども、ほとんどのテクノロジーにおいて指数関数的な成長は見られません。
航空機の巡航速度
まずは、航空機の巡航速度の推移をグラフに示します。
ライト兄弟が動力付きの飛行機による初めての飛行を成功させた1903年以来、航空機は継続的に進歩し、速度も向上してきました。初の飛行機発明からまだたった100年強しか経過していないことを考慮すると、飛行機の技術革新は目覚ましいものです。けれども、航空機の指数関数的な速度の向上は、ジェットエンジンの普及後、1960年代には停滞が始まっており、近年ではむしろ燃費向上のため、速度は低下していく傾向にあります。
もちろん、この間に進んだ航空機の技術革新、例えば、燃費や輸送容量や安全性の向上について軽視するものではありません。けれども、「巡航速度」という指標に限って言えば、カーツワイル氏の主張する通りの指数関数的成長は見られません。
充電池のエネルギー密度
次は、蓄電池(リチウムイオン二次電池)の容積当たりのエネルギー密度を取り上げます。
リチウムイオン充電池は、現在スマートフォン、ノートPCやハイブリッドカーなど、電源を必要とする移動する機器に広く使用されている充電池です。1991年にソニーの子会社によって商品化され、それ以降も多数の日本企業によって積極的な研究開発への投資が続いています。
(http://www.see.eng.osaka-u.ac.jp/seeea/seeea/NEE/NEE17-3.pdfより)
リチウムイオン充電池のエネルギー密度をグラフに表すと、電池のエネルギー密度は指数関数的な成長をしていないことは明らかであり、また近年では成長は停滞し始めています。
スマートフォンやタブレット端末の性能が指数関数的に成長しており電力効率も向上しているにもかかわらず、デバイスの充電頻度がほとんど変化していない理由は、ここにあります。私が初めてiPhoneを購入したのは、日本で初めてiPhone3Gが発売された2008年6月です。iPhoneのインターフェイスは洗練されていたけれども、それ以前に所持していたいわゆるガラケーよりもむしろ電池の持ちが悪く、2,3日に1回で済んでいた充電が毎日必要になったことに不便さを感じたものでした。
けれども、それ以来ほぼ10年間、大体2年毎に新モデルのiPhoneへ買い替えしてきました。(私はシンギュラリティ説には懐疑的ですが、新しいガジェットは大好きなのです。) 記憶容量、処理速度、カメラやディスプレイの解像度は顕著に進歩し、Siriなどソフトウェア面でも長足の進歩を遂げていますが、充電頻度は10年前とそれほど変化がありません。それどころか、iPhoneの用途が増え1日の使用回数が増えたため、ますます電池の持ちは悪くなっているように感じます。
日本における初代iPhone 3G の電池容量 (1150 mAh) と現行のiPhone SEの充電池容量 (1624 mAh) を比べてみれば、電池容量が指数関数的な成長を遂げていないことは明確です。
スマートフォンの充電池容量の増加の停滞は、技術的、物理的な理由によるものよりもむしろ経済的な理由によるものでしょう。ほとんどの先進国においては、電気の供給が何日間も断たれた状態に置かれることは想像しにくく、コストを上げてまで充電池の容量を増加させるよりも、一日のうちの外出時間の間だけ充電が持つ程度の電池を備えて、ユーザーに毎晩充電させるように強いれば十分であるからです。
世界のエネルギー消費量
最後に、全世界の原油採掘量、および1次エネルギーの1人当たり消費量について検討します。
原油採掘量自体は、単独のテクノロジーの成長を示すものではなく、むしろ人類文明のテクノロジー全体に対するインプットとして考えるべきものですが、「人間1人あたりのエネルギー消費量」を文明の発展段階の指標と見なす、文化人類学におけるホワイトの法則に従って、ここで検討します。
世界の原油採掘量、および1次エネルギーの1人当たり消費量は以下のグラフの通りです。
http://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2013html/2-2-2.html より
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4020.html より
近年のエネルギー消費量の減少の理由としては、もちろん、エネルギー消費効率の向上や産業のサービス化が上げられるでしょう。
機械化によって少量のエネルギーで多くの仕事をこなせるようになったことは事実ですし、ネットワークを通じて映像やさまざまなサービスが得られるようにもなりました。
しかし、物理的な商品の製造や流通には今もなおエネルギーが必要であり、エネルギー消費量は人間社会全体のテクノロジーへの入力となることを考えると、世界全体のテクノロジーは必ずしも指数関数的な成長を遂げていない、と言えるのではないでしょうか。
上記のテクノロジーの成長に対して、「これらはカーツワイル氏の主張とは何も関係がないテクノロジーだ」という批判があるかもしれません。そこで、カーツワイル氏が『ポスト・ヒューマン誕生』の中で取り上げている事例を挙げておきます。直近10年間 (すなわち、1995年〜2005年) におけるナノテクノロジーの特許数は、指数関数的に増加していると示されています。けれども、こちらも指数関数的な成長は続いておらず、シグモイド曲線を描いていて減速していることが分かります。
これまで、さまざまな技術分野における成長曲線を見てきましたが、そのどれも指数関数的に成長しているとは言えません。「あらゆるテクノロジーは指数関数的な成長をする」という仮説は、どうやら常に成り立つというわけではなさそうです。