シンギュラリティ教徒への論駁の書

“Anyone who believes that exponential growth can go on forever in a finite world is either a madman or an economist.” - Kenneth Boulding

収穫加速の幻影

カーツワイル氏は、コンピュータや機械学習などのみの単独のテクノロジーだけが指数関数的に成長すると主張しているわけではありません。そうではなく、「収穫加速の法則」に従い、「パラダイム・シフト」が発生するまでの間隔が指数関数的に短縮されており、科学技術全体の進歩が加速しているのだと主張しています。

けれども、これまでの議論において、カーツワイル氏が主張する「収穫加速の法則」を検証してきましたが、必ずしもこの法則を正当化する根拠を見つけることはできませんでした。第四章のまとめとして、「収穫加速の法則」に対する私の批判を再度掲載します。 

  1. 「収穫加速の法則」自体の定義があいまい
    この「法則」は複数の意味で使われており、厳密に何の量が指数関数的に成長するのか不明です。また、意図的にか無意識的にか「ムーアの法則」と「収穫加速の法則」を混同した主張も見られます。
  2. パラダイム」の定義が恣意的である
    宇宙、人類史とテクノロジーの加速を示したとするグラフにおいて「パラダイム」の定義は明確ではなく、「指数関数的な成長」を示すために恣意的にパラダイムを選択していると考えられます。これにはカーツワイル氏からの再反論もありますが、別の未来学者からの更なる再批判も存在しています。
  3. 実証的に人類文明全体の指数関数的な成長が観察できない
    パラダイム」という主観的な基準ではなく、1人当たりエネルギー消費量、1人当たりGDP推定値*1特許申請数や論文出版数*2など、「人類の進歩の総量」を間接的に推定できる客観的かつ定量的に定義可能な指標を用いた場合、必ずしも人類文明全体が一様に指数関数的に進歩しているとは言えません。特に直近数十年においては、減速、停滞ないしは没落しているというデータも存在します。

以上の3点の理由から、「収穫加速の法則」は「法則」と呼ぶに値しません。明確に定義された「ムーアの法則」とは異なり、「収穫加速の法則」は、たまたま指数関数のパターンを描けるに過ぎず、人類が進む方向については何も指し示していないものです。

そして、おそらく、カーツワイル氏自身も私の意見に同意するでしょう。前回も述べた通り、カーツワイル氏のシンギュラリティ予測の根拠は、「ムーアの法則によるコンピュータの性能向上」と、「脳のスキャンとリバースエンジニアリングを通した脳エミュレーションによる汎用人工知能の実現」であり、人類文明全般に渡る指数関数的成長は、直接の根拠ではないからです。

よって、将来のエントリでは「ムーアの法則」と「脳のリバースエンジニアリング」の2点に関して検証していきます。

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