シンギュラリティ教徒への論駁の書

“Anyone who believes that exponential growth can go on forever in a finite world is either a madman or an economist.” - Kenneth Boulding

不可能、困難、未解決

これまでの私の議論では、「できない」「不可能である」または「難しい」という言葉を安易に使用してきましたが、改めてこれらの言葉が何を意味しているのかを明確に定義しておきたいと思います。

 

「できない」という言葉は、次の3つの意味に分類できます。すなわち、不可能困難未解決です。

まず、「不可能」であるとは、言葉の意味や論理、形式的手法、物理法則などの原理から絶対に「できない」ということが示されているものです。たとえば、「円である三角形」や「独身の既婚者」の存在が不可能であることは、円や三角形の性質や現実世界の既婚者を調べなくても (「円」、「三角形」や「既婚者」という単語の意味さえ定義されていれば) 分かります。あるいは、永久機関が不可能であることは熱力学の法則から明言することができます。

次に、「困難」であるとは、原理的には否定されていないものの、コスト、資源、規模、工数などの観点から、実現する上での課題が存在するために「できない」ことを意味しています。具体例としては、超音速飛行機のコンコルドのように一度は実現された後で廃止されたものから、核融合炉の建設や地球外惑星の植民のように、未だ実現の目処すら立っていないものまで、幅広い範囲の問題が存在しています。

最後に、「未解決」であるとは、証明も反証もされていない問題、存在しないことが明確に示せない問題 (いわゆる悪魔の証明)、原理的にも実際的にもできないとは言い切れないものの、未だ実現されていない問題です。この種の問題の具体例としては、地球外生命体の存在証明や汎用人工知能の作成などが挙げられます。


ここで、現在私が論じている問題との関連について述べておきます。

私は「マインドアップロード」は「不可能」であると考えています。正確に言えば、マインドアップロードの成功判定については、原理的に「不可能」であり、脳神経科学の知見獲得と脳を再現するハードウェアの実現については、相当に高いレベルで「困難」であると捉えています。

また、現状の「機械学習」技術を延長して「汎用人工知能」が実現できるか、という問題については、私は「困難」寄りの「未解決」であると考えています。理由は後で述べますが、人間と同水準の「知能」や「言語の意味理解」ができるアルゴリズムを設計的・構成的に作る方法が全く存在しないからです。

そして、何らかのアルゴリズムと人間の脳の構成を組み合わせたアプローチによる「汎用人工知能」の実現については、現在のところ「未解決」の問題であると言えるでしょう。