私の記事を読んだ方から、「IBMとスタンフォード大の共同研究で、既にMRIでナノメートル単位の解像度が実現されている」という指摘がありました。
ナノスケールなMRI画像を得る手法が開発される(2009)https://t.co/rYgfcYgY6N
— 小鳥遊りょう(jagurimath) (@jaguring1) 2017年8月26日
『解像度4nmのMRI技術「NanoMRI」を開発した。既存のMRIの1億倍の解像度を誇る技術』
『この技術により生物学的観測対象を破壊せずに表面も内部も調べることが可能』
2017年
— 小鳥遊りょう(jagurimath) (@jaguring1) 2017年8月26日
渡辺さんの技術認識:
非破壊の脳スキャン技術の解像度は、0.1mm = 100000 nmぐらい
2009年
現実:IBMがnanoMRIを開発。解像度は、10nm。
「現実」と「渡辺さんの技術認識」のズレは10,000倍。さらに 8年差
カーツワイルはこれをプロットして無さそうだから、nanoMRIには何か問題がある可能性がある。しかし、渡辺さんが知らないだけで別の技術があるのかもしれない。「渡辺さんの知識の限界」が「世界の限界」ではないので。
— 小鳥遊りょう(jagurimath) (@jaguring1) 2017年8月26日
結論から言えば、nanoMRIと呼ばれるこの手法は、微小組織片に対するスキャンの手法であり、私が議論の対象としている生体脳に対する非侵襲的スキャンの手法ではありませんでした。
論文を元に、nanoMRIの手法を簡単に解説します。
まず、1ページ目のPrinciples (原理) 節で、「イメージングは真空中かつ低温環境で実行される」(The imaging is performed in vacuum and at low temperature (T=300 mK))とあります。つまり、これは通常の生物に対して直接使用可能な手法ではありません。
この手法の原理は、上記の図に示されています。測定したい組織切片を針状の微小な片持ち梁 (cantilever) の先端に保持し、超高周波の磁気を付加します。すると、核磁気共鳴によって、標本中の水分子 (内部の水素原子) の密度分布に応じて片持ち梁が微小に変形するため、レーザー干渉計によりその変位を計測します。その変位から、水分子の密度分布を計算することによって、標本の三次元構造を再現するという手法です。
つまり、この手法は針状の極小片持ち梁で保持できる大きさの組織片のみしか対象にできず、生体の脳を観測するために使用できる技術ではありません。
実際のところ、これは原子間力やトンネル電子を使用する原子間力顕微鏡(AFM)や走査型トンネル電子顕微鏡(STM)と類似した、核磁気共鳴を使用する走査型プローブ顕微鏡の一種と位置づけるべきであると考えます。
センシング技術としては非常に興味深いと思いますが、生体の脳に直接使用できる手法ではなく、私の論旨に直接の関係はありません。
なお、現在臨床で一般に使用されている非侵襲スキャンの方法では、空間解像度は1mm〜0.1mm程度であるという私の認識は大きく誤っていないと考えています (参考資料参照)。また、『ポスト・ヒューマン誕生』の中では、2000年に非侵襲脳スキャンによって0.1mmの空間解像度が達成されていると述べられています。つまり、非侵襲脳スキャンの解像度はここ10年程度指数関数的には向上していないように見えます。
そして、fMRIの1つのボクセル (三次元的に観察できる体積の大きさ) を55立法ミリメートルとすると、その中には550万個のニューロン、2.2〜5.5 × 10^10 個のシナプス,22 km の樹状突起と 220 km に及ぶ軸索が存在しています。非侵襲スキャンの解像度が多少向上したとしても、個々のニューロンとシナプスの構造と機能を解明するには不十分であり、最低でも数十万倍の解像度向上が必要になります。
私自身は、大学でセンシング技術の概論レベルを学んだ程度であり、脳神経科学の測定技術は専門ではありません。研究段階では、更に高い解像度が実現されている可能性は否定しませんので、この分野に詳しい方からの一次情報を確認した上でのツッコミは歓迎します。
参考資料
- nanoMRIの元論文 - Nanoscale magnetic resonance imaging (pdf)
- 脳を測る -改訂 ヒトの脳機能の非侵襲的測定- (2013年, pdf)
- 決定版 MRI完全解説 第2版 (2014年, 書籍)
おまけ
この件で論駁された後、延々と私の過去ツイートに粘着する小鳥遊りょうさん(@jaguring1)