シンギュラリティ教徒への論駁の書

“Anyone who believes that exponential growth can go on forever in a finite world is either a madman or an economist.” - Kenneth Boulding

シンギュラリティ再考:「人間を越える人工知能の開発」が「シンギュラリティ」ではない

このブログを書いている間に私に対して寄せられた議論と質問と反論を読むなかで、「シンギュラリティ」という言葉は、明確な定義がなく各自が勝手な意味で使用しており、シンギュラリタリアンの間ですらその定義に違いがあるため、それゆえ議論に大変な混乱と誤解が生み出されていることに気付きました。

そこで、再度この言葉の定義を確認しておきたいと思います。

 

「シンギュラリティ」という言葉は、原義に遡って考えれば、既存の法則や規則が成立しなくなる点を指しています。そして、私がここで取り上げている「technological singularity (技術的特異点)」とは、「テクノロジーの進歩によって人類史において断絶的な高速の進歩が起きて妥当な未来予測が成り立たなくなる時 (あるいはその将来予測自体)」を指しています。

最近のシンギュラリティに関する議論においては、人工知能の発展のみが取り上げられることが多いですが、原義を辿ると、人工知能とシンギュラリティ論の繋がりは必ずしも強いものではありません。たとえば、ヴァーナー・ヴィンジ氏のシンギュラリティ論においては、薬品や遺伝子改造による人間の知能増強、インターネットに「意識」が宿ることなどが、仮説上の超知能の出現方法として議論されていました。

とは言え、近年では汎用人工知能の実現を通したシンギュラリティの到来を予測する議論が多いようです。

そこで、この2種類の予測を区別する用語を定義しておきます。第一のシンギュラリティと言った場合には、「汎用人工知能 (1人のヒトと同等の人工知能) が作られる時」を指します。そして第二のシンギュラリティないし本来のシンギュラリティと呼ぶ場合には、(これまで通り) 「人類史において断絶的な進歩が発生する点」を指すことにします。

シンギュラリティの到来を信じそのあり方を議論するシンギュラリタリアンの間でも、第一と第二のシンギュラリティに対する考え方は異なります。両方がほぼ同時に、またはごく短い間隔で発生すると考える人も居れば、第一のシンギュラリティは認めても第二の意味でのシンギュラリティは否定する人も居ます。
なお、この定義のもとでカーツワイル氏の予測を説明するのであれば、第一のシンギュラリティは2029年、第二の(本来の)シンギュラリティは2045年であると述べています。

私のスタンスとしては、第一のシンギュラリティは発生してもおかしくない、ただしその時期を見積もる妥当な根拠は無い、そして、本来のシンギュラリティに関しては、何ら実証的な根拠に基いた予測ではなく、まったくありえないと考えます。

 

この6章では、特に第二のシンギュラリティについて検討していく予定です。