シンギュラリティ教徒への論駁の書

“Anyone who believes that exponential growth can go on forever in a finite world is either a madman or an economist.” - Kenneth Boulding

人間至上主義と進化論について

私がシンギュラリティに対して懐疑的な主張を唱えていると、反論者から「お前は人間至上主義者だ」という形のレッテル貼りめいた非難を受けることがしばしばありました。

この種の主張が何を意図しているのかよく理解できていませんでしたし、単なるレッテル貼りに対して回答する意味もないので無視していましたが、ここでは少しだけこの種の主張について検討してみます。

さて、シンギュラリティ論に対する反対者を「人間至上主義者」と呼ぶ人は、以下の2つのことを前提としているように見えます。

  1. あらゆる観点において、人間より知能の高い超知能が存在することは可能である
  2. それゆえ、必然的に人間を超えた超知能が出現する

1点目の仮定に関しては、私も同意します。確かに、あらゆる能力、あらゆる観点において人間よりも知能が勝り、人間の知的な行為全てを人間よりもうまく遂行する超知能的な存在を考えることは可能ですし、実際にそのような超知能が存在することを阻む理由はなさそうです。

けれども、2点目の仮定に関してはやや注意が必要でしょう。

超知能は、勝手にどこかから出現するようなものではなく、人間が作り出す必要があるものです。そして、人間を越えた知能の存在が原理的には可能であるからといって、人間がそれを作り出せるとは限りません。生命体や核融合など、自然界に実例があり、理論上は可能でありながらも (まだ) 人間が完全に工学的に作り出せていない現象は多数存在します。また、たびたび例に出している超音速飛行機や宇宙旅行のように、技術的に可能であり実際に実証されながらも、経済的・リソース的な意味で困難なため広く普及していない技術も存在しています。

実際のところ、私は「人間が一番優れているから」人間を越える人工知能は存在しないと考えているわけではありません。私の考えはもう少し悲観的なもので、「人間は、汎用的な知能を作り出せるほどには知能が高くないから」、人間を越える汎用人工知能は作れないのだろう、と考えています*1

おそらくゴリラはハムスターよりも知能が高いですが、ハムスターよりも高いゴリラの知能ではハムスターレベルの知能を作り出すには十分ではありません。新しい汎用知能を作り出すためにはどれだけの知能の高さが必要なのかは不明であり、未解決の問題です。人間は人間よりも知能の高い存在を想像できるから、人間は超知能を作ることは可能だと信じられているようですが、現在までそれを証明する事実は存在しません。もしかすると、人間の知能は新しい知能を作り出すのに十分ではない可能性はあります。実際のところ、未だ超知能どころかハムスターレベルの汎用知能ですら実現されていないからです。

進化論的に言えば、私たちの知能は新しい知能を作ることを目的として発生したわけではありません。およそ100万年前のサバンナで、食料を発見し敵から逃れ、あるいは他の人と協力し敵対するために、進化を通して獲得されたものです。数学敵な能力や論理的思考力は、生物学的な時間からすれば極めてわずかな歴史しかなく、知能自体の解明や新しい知能を作る能力が人間に欠けているとしても何ら不思議ではありません。

実際には、人間が超知能を作り出す能力を持つと考えるほうが人間の知能を過大評価している可能性があると言えます。


もう1点、「非人間至上主義者」を自称する人は、生物の進化に対して誤った想定を持っているように見えます。生物進化を、梯子のような一直線の階梯のように捉えていることです。

この種の考え方では、生物の進化は一次元に進むもので、原始的な単細胞生物から人間に至るまでの直線の上にあらゆる生物が配置されるというモデルを想定しているように見えます。生命の進化は直線的に進むものであるため、現在は人間がトップに立っているものの、いずれは別の人工知能ないしは機械と融合したポストヒューマンが新たに先頭に立つのだ、と想定されているようです。

 

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けれども、進化論の観点からはこの主張は完全な誤りであると言えます。収穫加速の法則マインドアップローディングに関する記事でも度々取り上げていますが、生命の進化は進歩ではなく、ある環境内における生き残り (適応) のプロセスです。そこには一切の方向性もランク付けも存在しません。進化論的な観点から言えば、今日生存しているあらゆる生命は等しく「進化」しています。約30億年前、最初の生命が誕生した時から現在に至るまで、全ての生命は生殖の連鎖を途切れずに受け継ぎ、「進化」してきているからです。

生物種の自然進化をより適切に表す図は、以下のようなものです。この図は、テキサス大学のデイヴィッド・ヒルス教授によって考案されたもので、DNAの類縁性に基づいています。

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この図の中心部が原始の生命であり、外側に向かうに従って現在に近付いていき、最外周部が現存している生物種を表しています。ここには、いかなる階層性もランク付けも存在しません。あらゆる生物は、約30億年の間に等しく進化しています。この観点に立てば、人間が進化の先頭であるという考え方、人間よりも更に「進化」したポストヒューマンが出現するという考え方には意味がありません。

動物の知能も、この図と同じように、一直線の大小関係に乗せられるようなものではなく、多次元的な位置を持っていると言えます。たとえば、ある種のリスは数百個のドングリを埋めた場所を一冬の間記憶しておくことができ、人間をはるかに超えています。また、(ロドニー・ブルックス氏が論文のタイトルにした通り) 象はチェスをしないものの、高い知能を持っています。犬は人間には感知できないレベルの臭いを嗅ぎ分け、記憶することができ、渡り鳥の一種であるキョクアジサシは北極から南極まで、何のガイドもなく移動できます。

けれども、これらの動物が人間を超えているとか優れているという言い方は意味をなさないでしょう。人工知能の「知能」も、ある意味ではこれと同じです。人工知能の知能が高い、低い、人間よりも優れているという比較は意味をなさず、端的に方向性が異なるものです。

実際のところ、人間は何ら特別ではありません。ただし、直線的な一次元的な意味ではなく、複線的・二次元的な意味において。

 

 

動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか

動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか

*1:ただし、これは私の個人的な信念であり、実証的な根拠に基いたものではありません