シンギュラリティ教徒への論駁の書

“Anyone who believes that exponential growth can go on forever in a finite world is either a madman or an economist.” - Kenneth Boulding

ナノテクノロジーの奇妙なオカルト的起源

ナノテクノロジーについての歴史が書かれる際には、遡及的に、物理学者リチャード・ファインマンによる1959年の講演『底にはたっぷり空きがある』から始められる場合が多いようです。

けれども、概念としてのナノテクノロジーの起源はもう少し以前にまで遡り、またそこには極めて奇妙な系譜が存在しています。歴史学者文学史家であるコリン・ミルバーン氏は、著書『Nanovision』の中で、ナノテクノロジーのアイデアは、実のところ、ファインマンの独創ではなく、既に当時サイエンス・フィクションの中に存在していた微小機械のアイデアであったと指摘しています。その他にも、漫画『銃夢』を描いた漫画家の木城ゆきと氏も、漫画の後書きの中でファインマンに対するハインラインの影響を指摘しています。

 

ミルバーンによれば、ナノテクノロジーのアイデアについて直接的な関連が認められるものは、ファインマンによるリモコンロボットハンドの概念です。小さな「ロボットハンド」を使って、更に小さな「ロボットハンド」を作り、再帰的にその操作を繰り返すことによって次々と「手」のサイズを縮小していき、最終的にはナノスケールの機械を作り出すというアイデアです。

このアイデアは、サイエンスフィクション小説の大家ロバート・ハインラインの『ウォルドゥ』という中編に由来していると指摘されています。小説の中では、主人公ウォルドゥが細胞サイズで外科的手術を行う方法を発明しています。ファインマンハインラインを読んでいたという直接的な証拠はありませんが、ファインマンが指導した大学院生で彼の個人的な友人でもあったアルバート・ヒッブズが、確かにこの小説を読んでおり、そのアイデアファインマンに伝えていたという証言があります。ヒッブズは、カルテクのジェット推進研究所で働いており、彼はハインラインのロボットハンドのアイデアを宇宙開発に応用できないかと検討していたのだそうです。


小説「ウォルドゥ」の舞台は、原子力による豊富なエネルギーを利用できる近未来に設定されています。主人公のウォルドゥ・ジョーンズは、天才的ではあるものの身体障害を抱えた、醜く、気難しいエンジニアです。彼は、先天性の筋力障害を抱え、そのため重力の小さい周回軌道上の衛星で暮らしています。彼の発明品の中には、発明者と同じ名前を持つ「ウォルドゥ」という微小サイズのリモートコントロールロボットが存在していました。

この小説の舞台装置は、ハードなサイエンスフィクションの装いをまとっています。けれども、小説のプロットは科学よりは魔術めいた方向へと進んでいきます。主人公ウォルドゥ・ジョーンズは、ある種の不可解な事故の原因調査を進める中で、砂漠に住む隠者であり魔法使いであるシュナイダー氏に出会い、導かれ、平行世界である「他界」のエネルギーにアクセスする方法を学ぶことにより、自身の障害を克服し、真に健全な身体をもつダンサーへと生まれ変わるのです。


ハインラインの小説における魔術的な発想は、ジャック・パーソンズという人物に由来していることが指摘されています。パーソンズは、ジェット推進研究所の創設者であり、初期の米国の宇宙開発計画に貢献したロケット科学者です。そして、彼は魔術にも深く関心を持ち、近代英国のオカルティストであるアレイスター・クロウリーの信者でもありました。クロウリーは、「偉大な獣」「世界一邪悪な男」とも呼ばれ、魔術儀式、特に過激な性的魔術に対する関心と実践により、当時からスキャンダラスな注目を集めた人物でした。

1941年、パーソンズは、クロウリーが再編した宗教団体 Ordo Templi Orientis (東方聖堂騎士団) のハリウッド支部長に任命されています。1942年にはパーソンズはロサンゼルスSFソサエティでロバート・ハインラインと出会い、2人は親交を深めたと言われています。『ウォルドゥ』が出版されたのは、まさにその年のことでした。


かつて、特に米国においてナノテクノロジーに仮託されていた半ば夢想的なビジョンの起源を、オカルトとサイエンスフィクションの系譜に求めることはやや短絡的であるかもしれませんが、ミルバーンも「ナノテクの魔術的なオーラ、不可能を可能とするという主張は、パーソンズ-ハインライン-ヒッブズ-ファインマンの系図を通してもたらされたものと考えたくなる」と述べています。

もちろん、ナノテクノロジー分野の真摯な研究者は、現代の研究はそのような魔術的思考からは遠く離れていると主張するでしょう。けれども、ナノテクノロジーの研究者であるリチャード・ジョーンズ氏も指摘する通り、シンギュラリタリアン/トランスヒューマニストのビジョンの中では、ナノテクノロジーと魔術がそれほど隔たっているようには見えません。

結局のところ、かつてナノテクの揺籃期にそれがもたらすと夢想されていた未来像、すなわち変性意識体験による知覚と認識と現実の変容 (現代ではさしずめヴァーチャルリアリティでしょうか)、物質の変換による豊穣さ、隠された叡智の獲得、老化と死の克服による永遠の生命などは、伝統的な神秘主義者、錬金術師や魔術師によって追求されてきた目的とそれほど異なっていないからです。トランスヒューマニストにおける魔術的なビジョンの存在は、批評家のデール・キャリコや宗教家のジョン・マイケル・グリアなどによって繰り返し指摘されています。

そして、近年の科学技術における幼稚な希望的観測としての「賢者の石」としての役割は、最近ではナノテクノロジーから人工知能へと移り変わったように見えます。

 

この項続きます。

 

 

Nanovision: Engineering the Future

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銃夢(1)

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