シンギュラリティ教徒への論駁の書

“Anyone who believes that exponential growth can go on forever in a finite world is either a madman or an economist.” - Kenneth Boulding

シンギュラリティは雪男である

私のシンギュラリティ懐疑論の立場は、「シンギュラリティは来ない」ではなく「シンギュラリティが来るという根拠がない」というものです。

私のこの立場については、これまでも何度か説明してきているのですが、再度整理しておきたいと思います。*1

  • 「人間と似た人工物」が作成可能であることは、原理的に否定する根拠はない
  • 「人間と似た人工物」が近い将来に作成可能であるという予想には、根拠がない
  • 「人間と似た人工物」ができれば「シンギュラリティ」が発生するという説には、根拠がない *2
  • 「原理的に否定する根拠がない」目標を目指す、個人や有志の研究活動の意義を否定するものではない
  • ただし、「原理的に否定する根拠がない」程度の信憑性の話を、社会の政策や技術開発の指針とすることは反対する


これを説明する分かりやすいたとえを考えてみたところ、私は「雪男」として捉えると適切ではないかと思いました。他の方も、土星人だとかスーパーマンだとか、あるいは鉄腕アトムとゴジラだとか、はたまた永久機関だとか、いろいろなたとえを使われていますが、ガス惑星である土星に生命が存在しないこと、フィクションの登場人物であるスーパーマンやアトムやゴジラが存在しないことはおそらく当然であり、また、熱力学の法則から原理的に不可能だと示されている永久機関も、たとえとしてあまり適切ではないと思うからです。

雪男信仰

  • ヒマラヤ山脈のどこかに、まだ発見されていない雪男がいるかもしれないしいないかもしれない
  • 生物に関する既存の科学的知識からは、「雪深い山の中に住む、ヒトとは別種の高い知能を持つ生物種」が存在する可能性は、原理的に否定できない
  • 雪男の実在を信じる人がいてもよい
  • 個人や有志で、雪男を探す活動に問題があるとも思わない
  • 最終目標である「雪男探し」が荒唐無稽であっても、調査の進め方自体が妥当であれば、たとえば山岳地帯の動植物や地理、地質や気候などの科学的知識が深まるだろう
  • であるため、個人的には雪男の存在を信じないけど、雪男を探したい人(かつまともな調査ができる人)に、ある程度の妥当な額の公的資金を支出してもいいんじゃないの? と思う

雪男と思考実験

  • もしも仮に雪男が存在するとしたら…というスペキュレーティブな思考実験も、あってよい
  • 「もしも仮に、人間に近い (または超える) 認知能力を持つ別種の生物が存在するとしたら、我々は法・社会・経済的に雪男をどのように扱うべきだろうか、あるいは人間はどう扱われるだろうか」という思考実験自体に問題はない
  • 極端な事例を考えることで、自明視されていた思考の前提が問い直され、首尾一貫した新たな洞察を得られる場合があり、それ自体を否定するつもりはない

空想生物とフィクション

  • もちろん、雪男を描く小説や漫画や映画やゲームがあっても良い
  • 空想の生物は創作者のイマジネーションを刺激し、たくさんの作品を生み出してきた

スペキュレーションと政策

  • とはいえ、「雪男の存在を否定する根拠がないこと」「雪男が存在すること」の根拠ではなく、「雪男の存在問題を真剣に考慮するべきである」という理由にもならない
  • 既に雪男が存在するかのように、あるいはすぐに発見されるかのように考え、雪男の存在をもとに社会の政策を検討すること、たとえば「雪男の侵略に備えて防壁を作るべきだ」とか「将来、雪男が我々の代わりに労働するのだ」といった主張には反対する

立証責任の担い手


これは架空の会話。

A 「私は雪男が存在する証拠を見つけた!この毛皮がそれだ!」
B 「検査の結果、この毛皮は雪男ではなくクマのものであると分かりました。」
A 「雪男が居るか居ないか、それは分からない。科学的には、雪男は居るとも居ないとも言えない。『雪男は存在しない』という狭量な前提のもとで議論し、『雪男がいる』という可能性を狭めるのは、非科学的である。」
A 「雪男の存在を否定するなら、その根拠を出せ!!」
B 「…」

 

 下記の記事で紹介した論文もご覧ください。

 

ところで、Wikipediaに掲載されていた情報ですが、ロシアのある学会によると、ロシアに雪男が存在する可能性は95%以上だそうです。(個人的には、雪男が発見されたらめっちゃ面白そうなので是非探してほしい)

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*1:なお、この議論では、おもに「知能爆発説」のビジョン(未来予測)を念頭に置いています。「収穫加速説」については、「明確な定義も、過去の実証的根拠も無い」で議論が尽きているので

*2:私はこの2つを区別します