シンギュラリティ教徒への論駁の書

“Anyone who believes that exponential growth can go on forever in a finite world is either a madman or an economist.” - Kenneth Boulding

あの技術ニュースはどうなった!? テスラの完全自動運転車

2019年4月、アメリカの自動車会社テスラ社の投資家向けイベント「オートノミー・インベスター・デイ」で、同社CEOのイーロン・マスクは、自動運転車についての予想を述べた。それによれば、来年の終わりまでに、公道上で、自動運転用ハードウェアを備えた100万台の自動車を「誰も注意を払う必要がないと感じるほどの信頼性レベルで」走行させるという。つまりは、レベル5の自律性が実現でき、またそれらの車両はオーナー自身が乗車しない時間には自動の無人タクシーとして運用可能であり、勝手にお金を稼いでくれるのだという。

イーロン・マスクが自動運転車の未来についてやや過剰な主張をするのは、何も今回が初めてのことではない。

2014年には、マスクは完全自動運転車が5〜6年で完成と予想していた。2015年には、『完全な自動運転の実現までに「技術的には3年でできるが、規制緩和にさらに数年かかる」』という見方を示していた。既に3年が経過したものの、完全自動運転は実現しておらず、それゆえ当局の規制緩和も実現していない。2016年には、2017年までにロサンゼルスからニューヨークまで、北米大陸を横断する完全自動走行を実施すると述べていたが、今に至るまで北米大陸横断運転は行われていない。2017年には、2年以内に完全自律走行のテスラ車の中で安全に眠れるだろうと予測していた。言うまでもないが、2019年現在、いかなる車両であれ居眠り運転は極めて危険な行為である。2018年1月には、その年の夏までに完全自動運転が実現し、ソフトウェアアップデートを通してすべての車両に展開されると述べていたが、それも実現しなかった。また、同2018年10月には、過去2年程度販売されてきた未来の「完全自動運転」オプション *1 の販売が停止された (その後復活した)。

イーロン・マスクの自動運転に関する計画あるいは予想は、毎年毎年、株価暴落と経済危機の発生を予測する経済アナリストを彷彿とさせる。

これまでにも、マスクの過大な将来予測 (あるいは、自動運転実現までの期間の過少評価) には、もちろん批判もあった。けれどもそれ以上に、大胆さ、チャレンジ精神、ポジティブネス、諦めを知らぬ不屈の精神など、あいまいに肯定的な価値観と共に語られることが多かったようである。ところが、今回のマスクの予測に向けられたコメントは、懐疑的なものから完全なる揶揄と嘲笑まで、かなり否定的な論調のコメントが目立つ。 

ロドニー・ブルックスは、テスラのイベントについて次のようにツイートした。

2020年12月31日に、本当に自律 (人間のセーフティードライバーなし) であるテスラ社のタクシー (一般の人々が目的地と料金を選択できる) が、公道 (同じ道路上に、制限を受けていない人間の運転する車がある) で何台走行しているかを数えてみよう。100万台には達しないだろう。私の予想: ゼロ。そのときになったら数えてリツイートする。

上記のブルックスのツイートに対して、AI投資家であるカイフ・リーは次のように引用ツイートした。

もしも、2020年に路上で100万台のテスラロボタクシーが走行していたら、私はそれらを食べるだろう。もしかしたら、ロドニー・ブルックスも一緒に半分食べてくれるだろうか?

ここには、完全自動運転の将来性に対する世間の受け止め方が既に完全に変化したことが示されている。また、マスクの大胆な発言が、態度と価値観の相違という範囲を超えて、社会的・法的な責任を問われるレベルにまで達したこととも無関係ではあるまい。(後者の問題については、ツイッターハッシュタグ  #fundingsecured を参照してほしい。) 振り返って考えると、自動運転に対する世間の受け止め方のターニングポイントは、2018年3月のUberによる自動運転車実験の死亡事故であったように思う。ほとんどの自動車会社や自動運転スタートアップ (テスラを除く) は、自動運転の実現予測を後退させ、世間の期待をコントロールしようと努力している。多数の例があるので一部を取り上げておくと、ウェイモのジョン・クラフチックCEOは、2018年11月「自律性には必ず何らかの制約が伴う」と述べ、かつて2018年初頭までは2019年中の自動運転車の量産開始を宣言していたフォード、GMといった米大手自動車メーカーも、現在では自動運転車の販売開始時期の明言を避けている

テスラの株価について付け加えておくと、同社の株価は「オートノミー・インベスター・デイ」以前から下落を続けており、この記事を書いている時点で年初来4割安の値を付けている。更なる株価下落と他企業による買収を予測するアナリストもいる (ところで、非自動型の電気自動車生産および事業黒字化は、完全自動運転車の量産化よりもはるかにたやすいはずであると思う)。

もちろん、ついに今度こそイーロン・マスクは自動運転の解決策を見出し、完全自動運転車を販売できるのかもしれない。彼が以前語っていた通り、明日にでも突然に自動運転車の能力が指数関数的に向上を始め、2020年のデッドラインにすべり込めるかもしれない。未来は誰にも分からない。2021年1月1日に経過を調べ、もう一度記事を投稿したいと思う。

*1:注: 自動運転が可能となった時点で、ソフトウェアアップデートにより自動運転の機能が有効化されるオプション