シンギュラリティ教徒への論駁の書

"Enjoying science fiction is not the same thing as doing science or making science policy." - Dale Carrico

あの技術ニュースはどうなった!? Moley Robotics のロボットキッチン

2015年ごろ、一流シェフ並みの自動調理ができるとうたうロボットキッチンのデモンストレーションが、大きな注目を集めました。

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デモに対する当時の反応を見てみると、すぐにでもあらゆる家事が自動化され我々は雑事から解放されるのだという夢想めいた主張もあり、あるいは、飲食店のウェイターや料理人がすぐにでも職を失うだろうという悲観的な予想も立てられていたようです。

実際に、GIGAZINEの記事 (2015年4月14日) では、2年以内にロボットキッチンの一般向け販売が開始され、販売価格は1万ポンド (約180万円) を想定していると書かれていました。自動調理ロボットの誕生と普及がすぐ間近に迫っていると多くの人が感じたのも、無理のないことでしょう。

 

それでは、ロボットキッチンの製造元ベンチャー企業であるモリーロボティクス社のサイトを確認してみます。

Moley – The world's first robotic kitchen

私がこの記事を書いている時点で、GIGAZINEの記事公開から4年近く経過していますが、ロボットキッチンは未だ発売されていません。

それどころか、サイトの中を見ても、ロボットキッチンの技術的仕様や価格はおろか、発売予定日すら記載がありません。4年前と比べても、ロボットキッチンの実用化にはあまり近づいていないように見えます。

デモから製品化へ

最近でも、家庭用ロボットの印象的なデモンストレーションが数多く行われています。そのようなデモの記事を見ると、相変わらず、すぐにでも我々の職業が自動化されるという期待と恐怖を煽るような反応が多いようです。

けれども、約4年前のロボットキッチンの実例から示されている通り、技術的デモンストレーションの実現から製品化と一般への普及の道のりは、想像以上に長い時間を要します。物理世界と直接的なインタラクションを行うロボットは、情報のみを処理するソフトウェア製品とは異なる要求を満たす必要があるからです。

これらのロボットを一般に向けた製品として開発する場合には、特定の限定された環境下での1つのサブタスクではなく、数十万、数百万の異なる環境で汎用的にタスクを遂行する必要があります。加えて、機能以外の要件として、信頼性・保守性 (壊れにくく、壊れた場合にも修理しやすいこと) 、安全性やユーザビリティなどさまざまな要件を考慮する必要もあります。こういった問題は「ディープラーニング」や「AI」を適用することで一挙に解決できる問題ではなく、地道で地味なエンジニアリングが必要になるものであり、解決には大きな費用と時間を要します。

技術ニュースの記憶喪失

また、ここで技術ニュースの素材には極めて楽観的なバイアスが存在していることも指摘しておきたいと思います。

未来予測や製品化時期についての公式発表は、たとえ夢想的で根拠を欠くものであったとしても、我々の関心を惹き、メディアで大きく取り上げられる傾向があります。研究開発に関するニュースの中では、「革命的な技術開発に繋がる可能性がある」、「〇年以内に実用化を目指したい」といった言葉は決まり文句としてお馴染みで、ともすればこれらの言葉だけが切り取られ、未来への夢想的な期待をかき立てることも頻繁にあります。

一方、ここで取り上げたロボットキッチンのように、過去のニュースやリリースを検証し、開発が停滞・遅延している、中断された、あるいはうまく進んでいないという事実はめったに報道され注目されることがありません。結果、古いニュースへの熱狂が薄れて世間の記憶が失われた後で、再び類似のニュースが話題となり、未来への期待が先送りされる状況も珍しくないようです。

我々は第三次AIブームの開始からおおよそ4, 5年程度のところに居て、当時の想像と今現在の世界を比較できる時期に差し掛かっています。もしも真摯に未来について考えようとするのであれば、最先端の技術ニュースを追い検証不能な「未来」を求め続けるばかりではなく、過去の未来予測を振り返り、何が的中し外れたかを検証する必要があります。その上で、なぜ予測が的中したか、あるいは外れたかを考え、予測発表時点で前提としていた仮定や理論と現在世界の実状との差異を考え、理論と予測を更新しなければなりません。