ムーアの法則の終了後、次に来たるべき「パラダイム」として、ここ数年、量子コンピュータが盛んに取り上げられています。特に、米Google社傘下のD-wave社が生産、販売している量子コンピュータの名前は、おそらくテック系のメディアをチェックしている人であれば一度は目にしたことがあるかと思います。
もちろん、量子コンピュータの将来性は大きな可能性があり、今後も研究開発が進んでいくことには私も疑いはありません。けれども、「拡張ムーアの法則」の延命というタイムスパンで検討したとき、その意義はやはりごく小さいだろうと考えています。
まず最初に、近年実用化が進んでいる量子コンピュータは、量子アニーリングマシンと呼ばれる特殊な量子コンピュータです。量子アニーリングマシンが高速に計算できる問題クラスは、組み合わせ最適化問題などごく限られたものであることは研究者の意見が一致しています*1。
つまり、量子アニーリングマシンは特殊な問題を高速に解くことができるアクセラレータとでも呼ぶべきものです。真空管、トランジスタや集積回路などのように、汎用的な計算を高速で実行できるデバイスではありません。
もちろん、組み合わせ最適化問題が産業的に大きな応用事例を持っていることは確かです。将来、現時点では思いもよらない方向の技術へ影響を与え、何かしら全く新しい技術が開発される可能性は否定しせん。けれども、実際問題として量子計算による高速化が与える影響は、間接的なものに留まります。量子アニーリングマシンは、「拡張ムーアの法則」のグラフ上において、即座にプロットされるような計算機にはなりえません。
そして、量子回路方式と呼ばれるチューリング万能性*2を持つ量子コンピュータも研究が進められています。けれども、2017年現在においては、まだ基礎研究の段階にあります。もちろん、量子回路方式についても数年以内に巨大なブレークスルーがあり、一気に汎用量子コンピュータが実用化される可能性は否定しません。けれども、拡張ムーアの法則を延命するタイムスパン、つまりここ2, 3年以内での量子コンピュータの実用化は、かなり可能性が低そうだと言えるのではないかと思います。
また、将来仮に量子回路コンピュータが実用化されたとして、それがプログラマブルなデジタルコンピュータである必然性はありません。そもそも、シンギュラリティ論に好意的な論者も認めている通り*3、人工知能の実現 (人間の脳のシミュレーション/エミュレーション) には、力技の、真の意味で汎用的で膨大な並列計算能力が必要となります。量子コンピュータによって高速化が可能な計算クラスの中に、脳のシミュレーションは (おそらく) 含まれていません。
そして、量子コンピュータが汎用的ではないことは、カーツワイル氏自身も認めています。
量子コンピュータが果たす究極的な役割はまだ見えていないだが、数百の絡み合った量子ビットからなる量子コンピュータが実現可能となったとしても、特別な目的だけに使われる装置であるのに変わりはないだろう。たとえ、他のやり方では決してまねのできない、すばらしい性能をもっていても。*4
私自身は、近い将来において汎用人工知能が開発される可能性は十分にあると予測しています。けれども、仮に汎用人工知能が実現されたとしても、それを計算しているデバイスはおそらく量子コンピュータではないだろうと考えています。
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