最近、日本においてもシンギュラリティ論が注目され初めてきており、カーツワイル氏がシンギュラリティの発生時期と予測している年から名付けられた「2045年問題」という言葉を耳にする機会も多くなりました。
けれども、いささか「2045年」という数字だけが独り歩きしており、カーツワイル氏のシンギュラリティ論が誤解されている状況がしばしば見受けられるため、ここでカーツワイル氏の予測を詳細に解説し、誤解を解いておきたいと思います。
まず、2045年問題という言葉を「2045年に人間を超える人工知能 (AI) が作られる」と捉えている人が居るようですが、これは誤りです。カーツワイル氏は、1人の人間と同等のAI (1H=ヒューマン) が作られる時期は、2020年代の終わりまでであると予測しています。
では、2045年はいかなる年であるのかと言うと、「1000ドルで買えるコンピュータが、今日の全ての人間を合計した知能よりも10億倍も強力になる」年であるとされています。カーツワイル氏が「2045年」という年に言及している場所は以下の通りです。
…2040年代の中盤には、1000ドルで買えるコンピューティングは10^26cps [引用者注: 1秒当たりの計算] に到達し、1年間に創出される知能 (合計で約10^12ドルのコストで) は、今日の人間の全ての知能よりも約10億倍も強力になる。
ここまで来ると、確かに抜本的な変化が起きる。こうした理由から、特異点——人間の能力が根底から覆り変容するとき——は、2045年に到来するとわたしは考えている。*2
ここで少し補足説明をしておきます。カーツワイル氏は、一人の人間の脳をシミュレーションするためには、1秒当たり10^16回の計算が必要であると推定しています。それゆえ、上記の通り、1秒当たり10^26回の計算が可能なコンピュータが存在すれば、10億人分の人間をシミュレーションできる、という計算がされています。
ただし、カーツワイル氏の著書を通読して彼の予測全体を捉えてみると、「2045年」という年が持つ意味は、あまり大きくないように思えます。たとえば、人間の脳のスキャンとアップロード、つまり実質的な不死は、2030年の終わりには実現できると予測しています*3。また、カーツワイル氏の予測の根本的な原理は、「テクノロジーや社会の変化が指数関数的に進む」という仮説です。つまり、社会の進歩は連続的に速度を向上させながら進んでいくと主張しており、2029年や2045年になっていきなり断絶的かつ根本的な変化が生じるわけではありません。
カーツワイル氏の主張を検証する限りでは、カーツワイル氏自身は「2045年問題」という語を使用していないように見えます。また、非常に大きな誤解を含んでいる言葉でもあるため、「2045年問題」という言葉は使用するべきではないと考えています。