カーツワイル氏の未来予測それ自体とはあまり関係がない数学的 (あるいは哲学的) 事項を、もう1点指摘しておきます。
何らかの物理量の「過去の増加傾向」を観察して、それが指数関数的に増加していることが確認できたとしても、今後もその傾向が永続し指数関数的な増加が続くとは言えず、その物理量の増加傾向を説明するモデルは無限に存在します。
たとえば、何らかの物理量を一定の時間間隔を置いて観測したところ、2→4→8→16→32→64→128→256→512→1024 という値が観察できたとします。
なるほど確かにこの系列は、指数関数的な増加の傾向を示していると言えます。
けれども、結論に飛び付く前に落ち着いて再度検討してみると、このような系列を説明できる関数は、何も指数関数に限りません。
たとえば、最初に指数関数的に増加した後、ある一定の値で停滞するシグモイド曲線も、この点列をうまく説明できます。
図1: 指数関数曲線 (黒) とシグモイド曲線 (赤)
あるいは、指数関数的に増加を遂げた後、指数関数的に衰退するベル型曲線 (正規分布曲線) も、同様にこの点列の増加傾向を説明することができます。
図2: 指数関数曲線 (黒) と正規分布曲線 (赤)
一般的に、ある有限個の点列が与えられた場合、その点列を表現できる関数は無限に存在します*1。私が挙げた例で言えば、指数関数曲線もシグモイド曲線もベル型曲線も、論理的にはどれも正しく、いずれか1つを取り上げてそれだけが与えられた点の列を表現する唯一の解であると言うことはできません。
どれが正しい解であるかを確認するためには、論理ではなく経験的に、つまり現実の世界の観察によって検証する必要があります。
ここまでの議論は、瑣末で当たり前のくだらない難癖だと思うかもしれません。けれども、ここには過去数百年間、世界中の科学者と哲学者を悩ませてきた難問が含まれています。すなわち、なぜ有限個の事象の観察からあらゆる事象に適用される一般的な法則を述べることができるのか、という問題です。
次々回以降のエントリでは、「収穫加速の法則」の法則性を検証するために、この問題、すなわち帰納的推論による科学的方法論の問題に関して議論する予定です。