シンギュラリティ教徒への論駁の書

“Anyone who believes that exponential growth can go on forever in a finite world is either a madman or an economist.” - Kenneth Boulding

収穫加速の法則批判 「恣意的なパラダイム」

以前このエントリと同じ趣旨の内容を述べましたが、再び簡潔に私の主張を述べます。

 

カーツワイル氏は、以下の「特異点へのカウントダウン」というグラフを用いて、宇宙、生命、人類の歴史とテクノロジーに渡る指数関数的な進歩が観測できると主張しています。

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一見すると、指数関数的な成長を示しているように見えますが、グラフの項目を調べてみると大きな問題があることが分かります。「絵画、初期の都市」のように質的に異なる事象を一つの「パラダイム」として扱っているからです。

仮に、考古学的な発見によって「初期の都市」の形成と「絵画」の発明との間に約100年程度の差があることが判明したとします。すると、グラフは以下の通り変化します。これはもはや指数関数であるとは言えません。

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同じことが、「印刷、実験的手法」や「電話、電気、ラジオ」などについても言えます。逆に、冶金、製紙法や量子コンピュータなど、グラフに無い発明や発見を追加しても同様です。

これは、カーツワイル氏が「パラダイム」が何であるかを定義しておらず、このグラフが指数関数的な線を描くようにパラダイムを恣意的に選択していることが原因です。

ゆえに、カーツワイル氏の主張する「宇宙の始まりからテクノロジーに至る指数関数的成長」は幻影であり、このグラフは何ら意味のある内容を述べておらず、このグラフを用いて将来を予測することはできません。

指数関数とシグモイド曲線は区別できない

カーツワイル氏の未来予測それ自体とはあまり関係がない数学的 (あるいは哲学的) 事項を、もう1点指摘しておきます。

何らかの物理量の「過去の増加傾向」を観察して、それが指数関数的に増加していることが確認できたとしても、今後もその傾向が永続し指数関数的な増加が続くとは言えず、その物理量の増加傾向を説明するモデルは無限に存在します。

 

たとえば、何らかの物理量を一定の時間間隔を置いて観測したところ、2→4→8→16→32→64→128→256→512→1024 という値が観察できたとします。

なるほど確かにこの系列は、指数関数的な増加の傾向を示していると言えます。

けれども、結論に飛び付く前に落ち着いて再度検討してみると、このような系列を説明できる関数は、何も指数関数に限りません。

 

たとえば、最初に指数関数的に増加した後、ある一定の値で停滞するシグモイド曲線も、この点列をうまく説明できます。

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図1: 指数関数曲線 (黒) とシグモイド曲線 (赤)

 

あるいは、指数関数的に増加を遂げた後、指数関数的に衰退するベル型曲線 (正規分布曲線) も、同様にこの点列の増加傾向を説明することができます。

 

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図2: 指数関数曲線 (黒) と正規分布曲線 (赤)

 

一般的に、ある有限個の点列が与えられた場合、その点列を表現できる関数は無限に存在します*1。私が挙げた例で言えば、指数関数曲線もシグモイド曲線もベル型曲線も、論理的にはどれも正しく、いずれか1つを取り上げてそれだけが与えられた点の列を表現する唯一の解であると言うことはできません。

どれが正しい解であるかを確認するためには、論理ではなく経験的に、つまり現実の世界の観察によって検証する必要があります。

 

ここまでの議論は、瑣末で当たり前のくだらない難癖だと思うかもしれません。けれども、ここには過去数百年間、世界中の科学者と哲学者を悩ませてきた難問が含まれています。すなわち、なぜ有限個の事象の観察からあらゆる事象に適用される一般的な法則を述べることができるのか、という問題です。

次々回以降のエントリでは、「収穫加速の法則」の法則性を検証するために、この問題、すなわち帰納的推論による科学的方法論の問題に関して議論する予定です。

関連項目

指数関数に特異点はない - シンギュラリティ教徒への論駁の書

*1:ここで言う関数は解析的な (数式で表せる) 関数に限りません。有限個の点上を通過する曲線は無限に存在するというトリビアルな事実です

収穫加速の法則批判 「減速する加速」

本エントリにおいては、「収穫加速の法則」は、「一定期間における『進歩量』の指数関数な増大」の意味で使用します。

 

前項で述べた、「収穫加速の法則」においてパラダイムが定義されていないという問題も無視しがたいものですが、けれども、実際のところ、歴史的な事象の発生頻度が指数的な分布を示していることは、ある意味では真実です。そのため、宇宙、生命、人類の歴史とテクノロジーを一つの対数グラフ上にまとめて掲載してしまえば、成長曲線が今後進んでいく方向が、誤差として完全に覆い隠されてしまいます。

よって、注目するべきは、直近の過去において成長曲線がどこへ向かっているかです。

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図1: 指数関数の進む方向

 

そして、私が「収穫加速の法則」とその帰結であるシンギュラリティに対して懐疑的になったそもそもの理由は、「収穫加速の法則」から予想される加速度的な変化が、過去20年ばかりの私の生活実感において全く感じられないことにあります。

と言うよりも、さまざまな現象を虚心坦懐に取り上げてみれば、指数関数的な成長ではなく、むしろ減速、停滞が、あらゆるところで観察できます

 

カーツワイル氏は、「収穫加速の法則」を根拠として、20世紀の100年間全体で起きた「パラダイム・シフト」と同等のものが、2000年から2014年までの14年間に発生する、と2005年に予測していました。2017年現在では更に「20世紀全体と同等のパラダイム・シフト」が起こるまでの期間は短くなっているはずです。

わたしのモデルを見れば、パラダイム・シフトが起こる率が10年ごとに2倍になっていることがわかる。(中略) 20世紀の100年に達成されたことは、西暦2000年の進歩率に換算すると20年で達成されたことに相当する。この先、この西暦2000年の進歩率による20年分の進歩をたったの14年でなしとげ(2014年までに)、その次の20年分の進歩をほんの7年でやってのけることになる。別の言い方をすれば、21世紀では、100年分のテクノロジーの進歩を経験するのではなく、およそ2万年分の進歩をとげるのだ(これも今日の進歩率で計算する)。もしくは、20世紀で達成された分の1000倍の発展をとげるとも言える。*1

 

この時間間隔は、私が恣意的に設定したものではなく、カーツワイル氏自身が主張している時間間隔です。

やはりここでもカーツワイル氏は「達成された進歩の総量」が一体何を表すのかを定義しておらず、定量的な議論は不可能です。けれども、私自身の生活実感と社会の変化を考えても、科学的発見や技術革新を考えても、あるいはそれ以外のいかなる意味においても、20世紀の1世紀全体と2000年からの14年間では、前者における進歩が大きいと考えます。

*1:『ポスト・ヒューマン誕生』p.22-23

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指数関数に特異点はない

カーツワイル氏の未来予測の本質とはあまり関係がない、瑣末な数学的事項ですが1点指摘をしておきます。指数関数には、他の点と区別されるような特別な点、すなわち特異点は存在しません。

シンギュラリタリアンは下記のようなグラフを使用して、ごく近いうちに指数関数が「立ち上がりの点」を迎え、その後成長率がほぼ無限に近づいていくと主張しています。

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けれども、指数関数には「立ち上がりの点」は存在せず、これはグラフ表現上のトリックあるいは錯覚であると言えます。なぜならば、指数関数のグラフは自己相似形であるからです。

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収穫加速の法則批判 「未定義のパラダイム」

カーツワイル氏が未来を予測する根拠である「収穫加速の法則」ですが、彼がその「法則」を例証していると主張するグラフが、以下の「特異点へのカウントダウン」と名づけられたグラフです。
なお、本エントリにおいては、「収穫加速の法則」は「『パラダイムシフト』が発生する時間間隔の指数関数的な減少」 を意味するものとします。


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一見すると、この「収穫加速の法則」のグラフ上に描かれたそれぞれの事象は、対数グラフ上の綺麗な直線、すなわち指数関数的成長を描いているように見えます。けれども、注意して項目を見てみると、非常に問題のある表現がされていることが分かります。

カーツワイル氏は、何が「パラダイム・シフト」であり何がそうでないかを選択する基準を示していません。そのため、次の「パラダイム・シフト」のタイミングで一体何が発生するのかは明らかではありません。パラダイム・シフトの定義として、「ものごとを遂行するための手法や知的プロセスにおける大きな変化のこと*1」と述べられていますが、これは定量的ではなく非常に曖昧で、ほとんど何でも含むことができる定義です。

*1:『ポスト・ヒューマン誕生』p.55

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多義的で曖昧な「収穫加速の法則」の定義

カーツワイル氏がシンギュラリティを予測する根拠である「収穫加速の法則」ですが、彼はこの「法則」を複数の意味で使っており、非常に多義的で曖昧な、対象が定量的ではなく分かりづらい「法則」となっています。

そもそも、(シンギュラリティに関する議論においては非常にありがちですが)、シンギュラリタリアンの内部ですら「収穫加速の法則」という言葉の定義が異なっている場合すらあり、批判を受けた際に法則の定義を取り替えて反論していることもあります。

 

広義での「収穫加速の法則」は、テクノロジーや人類文明の進歩が指数関数的に進んでいくこと、と表されます。けれども、厳密な意味において、一体何の量が指数関数的な成長を遂げるのかはあまり明確ではありません。

『ポスト・ヒューマン誕生』における「収穫加速の法則」という言葉の意味を整理してみると、大きく4通りの意味で使われていることが分かります。 (以下のページ数は全て日本語版『ポスト・ヒューマン誕生』におけるページ数を表します。)

  1. 単独のテクノロジーの指数関数的な成長 (p.87)
  2. 拡張されたムーアの法則 (p.73)
  3. パラダイムシフト」が発生する時間間隔の指数関数的な減少 (p.31)
  4. 一定期間における「進歩量」の指数関数的な増大 (p.22) 
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収穫加速の法則とは何か

ここまでカーツワイル氏のシンギュラリティ論に関する議論で、あらゆるテクノロジーが指数関数的に成長しているわけではないこと、指数関数的な成長が観察されているのは、ただ情報テクノロジーの隣接分野に限られることを説明しました。

けれども、「単独のテクノロジーが指数関数的に成長するわけではない」という事実自体は、必ずしもシンギュラリティ論に対する有効な反論ではありません。カーツワイル氏は、あるテクノロジーの指数関数的成長が停滞し始めると、新たなテクノロジーの「パラダイム・シフト」が生じて指数関数的成長が継続し、全体として見ればやはり大きな指数関数的な成長が続いていく、という法則性が見られると主張しているからです。

これが、カーツワイル氏が主張するシンギュラリティ説の根拠である「収穫加速の法則」です。

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